「流し打ち」とは
野球用語の一つで、右打者ならライト(右)方向へ、左打者ならレフト(左)方向へ、投手の投球に逆らわずに打つバッティング方法のことをいいます。
有名なイチロー選手に代表されるように、主に左バッターがレフト方向に打つことをイメージされる方が多いかもしれませんが、右バッター・左バッターどちらの場合にも使うことができます。
打撃はセンター返しが基本
本来、野球はセンター返し打法が基本といわれます。これは球を打つポイントもタイミングも対応がしやすいからです。このセンター(真ん中)にまっすぐ打ち返す打法を基準として、右打者がレフト(左)方向へ、左打者がライト(右)方向へ打つ打法を引っ張り打ち、もしくは引っ張り打法と言います。この打法は打者が最も力を入れて強く打つことができます。
つまり、流し打ちは引っ張り打ちの反対の方向に打つということになります。
「引っ張る」と「流す」の由来と使い方
引っ張り打ちは英語で pull hitter と表し、日本語と同じく「引く」という意味になります。一方、流し打ちは英語で opposite field hitter と表し、直訳すれば「反対の方向(フィールド)に打つ(者)」となり、日本語の「流す」という意味合いはそこに含まれてはいません。
つまり、流し打ちという言葉と表現は日本独自の言い回しだということになります。
日本で「流し打ち」といわれる所以(技術面から考察)
打撃の技術面で説明するなら、上手に「引っ張る」打ち方とは、球とバットが当たるポイントを前において内角球を強く叩くことであり、内側に強くひきつけるイメージをもちます。
一方、「流す」打ち方は逆にそのポイントを後ろにして外角球を引きつけて打つこと(外側に力を放つイメージ)になります。
日本では、この二つの感覚を「引っ張る」と「流す」というふうに表現したとも考えられます。
その感覚をもって
- 「外角の球を強引に引っ張って打ったのでアウトになった」
- 「あの変化球を引きつけて流されたら投手はお手上げですね」
「流し打ち」の語源
日本独自の表現である「流す」「流し打ち」の語源については、以下のような諸説ありますが、残念ながらはっきりとしたことは判ってはいません。
・力を流すように打つことから
・流す(自動詞)の「ある動作を力まないで楽に行う」という言葉本来の意味から
・打者が打つ時の視線が流し目を送るように見えるから
・(右バッターの場合)体がライト方向へ流れるようにして打つことから
「流し打ち」の類語
右打ち(ライトヒッテイング)
右方向に打つことです。右打者の場合はライト方向に流し打ちすることになります。2塁に走者がいてその走者を3塁に進めたい時やヒットエンドランの時などのチームバッティングとして使われる戦術の一つです。
なお、左打者が左方向に流し打ちすることを「左打ち」とあえて使うことはありません。ちなみに左打者が右打ちする場合は当然「引っ張る」ことになります。
おっつける
流し打ちをするためには、後ろ側の肘(右打者なら右肘)をたたんで脇をしめ、後ろ足に体重を残し球を引きつけて打ちます。これを「おっつける」もしくは「おっつけて打つ」と言います。
その動作が相撲用語の「押っ付ける」(脇を固めて、差されないように相手の腕を下からおさえること)と似ているところからこう呼ばれています。
「流し打ち」のメリットとデメリット
メリット
・変化球に対応しやすい
打つ(球とバットが当たる)ポイントが後ろのため、流し打ちは引っ張り打ちに比べ変化球に対応しやすいと言われます。
・走者を進塁させやすい
このことはあくまで右打者の右打ちに限ります。走者が1塁や2塁上にいる場合、進塁方向はそれぞれ2塁と3塁になります。この時、右打者が右方向に流し打つと打球は走者から離れた方向に飛んでいくことになります。それによって走者がアウトになる危険性が少なくなり、進塁を助けることになります。
・打率アップ
打撃の基本は球を良く見ることですが、流し打ちは必然的に球を最後まで引きつけて打つことになるため、好打になる確率がアップします。さらに、広角(右方向にも左方向にも)に打つことでグラウンドを広く使うことになり、ヒットの確率があがります。
デメリット
・打球が弱い
・長打率が低い
引っ張り打ちに比べると、流し打ちは打球が弱く飛距離も出ないためホームランなどの長打が出る確率は低くなります。
「流し打ち」と進化
変化球と流し打ち
投手の決め球である変化球の傾向は、大きく曲がるカーブやスライダーや落差の大きいフォークから、ここ数年では小さく曲がるカットボールやツーシーム、落差の小さいスプリットやチェンジアップへと変わってきました。
変化球が打者の近くで小さく鋭く曲がるため、打者は打つ直前までしっかりと球を見なければその変化に対応できません。
そこで最後まで球を引きつけて打つという流し打ちの打法の重要性が高まることになりました。
戦術と流し打ち
野球の戦略として長打力にだけ頼るのではなく、
・盗塁や犠打やヒットエンドランなどの機動力を使って戦うスモール・ベースボール
・試合終盤の1点を争う場面でのチームバッティングや采配
など、チームとしての細やかな戦術が求められるようになってきました。
その中で走者やチームを助ける打法として、流し打ちの必要性が高まりました。
技術面の進化
前述のように流し打ちの重要性や必要性が高まったことにより、練習方法も工夫され技術も向上してきました。引っ張るだけではなく流し打ちで逆方向にホームランが打てる打者が増えてきたのです。
例えば、ヤクルトスワローズの山田哲人選手やソフトバンクホークスの柳田悠岐選手、メジャーリーグならエンゼルスのトラウト選手や大谷翔平選手など、右にも左にも豪快で魅力的なホームランを打ち観客を楽しませてくれます。
言葉と意味合いの進化
流し打ちの技術の進歩により、
・引っ張って流す
・逆方向に引っ張る
といった言葉が実況や解説で使われるようになりました。
「引っ張る+流す」「逆方向+引っ張る」両方とも真逆の意味を合わせた新しい言葉の使い方といえます。
従来は流し打ちができる打者は好打者ではあるものの強打者とは呼びませんでした。流し打ちをする打者は打球も弱く飛距離もなかったからです。
ところが、現代では強く流し打ちができる打者こそを好打者であり強打者と呼ぶようになってきています。逆方向にも大きな打球を飛ばせることにより打率も長打率もあがるようになったからです。
それにより「流し打ち」という言葉は従来の「柔」という意味合いだけではなく、「柔+剛」という新しい意味合いを持つことになりました。
技術と共に言葉もその意味合いも進化していることがわかります。