「卑怯」とは?意味や使い方をご紹介

日本の文化において、「卑怯」というのはマイナスのイメージを伴う言葉です。どんなときにも正々堂々とすることが、良しとされる風潮があるのではないでしょうか。しかし、ときには「卑怯」にならざるを得ないこともあります。ここでは、「卑怯」の意味や使い方をご紹介します。

目次

  1. 「卑怯」とは?
  2. 「卑怯」の使い方
  3. 武士は「卑怯」であることを嫌っていた?
  4. 戦略は「卑怯」か?
  5. 「卑怯」さも必要

「卑怯」とは?

「卑怯(ひきょう)」とは、潔さがなく、正々堂々としていないことです。そのような人や、そのような手法に対して「卑怯」という言葉は使われます。なぜ正々堂々としないかというと、意気地がなかったり、自信が持てなかったりするためです。なんとか正面から物事に当たらずに済むように手を尽くすことを「卑怯な手法」といい、そのようなことをする人を「卑怯な人」といいます。

「卑怯」の使い方

正々堂々としていないやり方に対して「卑怯」が使われる場合は、「卑怯なことはするな」「そのやり方は卑怯だ」などとなります。また、正々堂々としていない人に対して「卑怯」が使われる場合は、「あなたは卑怯な人だ」「お前は卑怯者だ」などとなります。

「卑怯」は「逃げる」という意味にも通じており、成長する機会を失ってしまうことにもつながると解釈する人もいます。彼らは、そうなってほしくないという願いを込めて、「卑怯者になるな」と注意することがあります。単なる批判だけでなく、相手のことを考えているからこそ、「卑怯」であることをたしなめるのです。

武士は「卑怯」であることを嫌っていた?

日本では、昔から「卑怯」なことへの風当たりは強いようです。いまでも武士道精神といわれることもあるように、正々堂々と勝負することが良しとされ、ときには、潔く負けなさいという考えも見受けられることがあります。

かつて武士たちの間には、「不意打ち」「だまし討ち」をするのは「卑怯であり恥」だという意識があり、正面からぶつかることが重んじられていたそうです。また、「背中の傷は武士の恥」であり、勝ち目がなくとも、背中を向けて逃げてはいけなかったという説もあります。

切腹もそうです。「死に際は潔く」あることが武士の誇りであったからこそ、命乞いをして生き延びるよりは、潔く散るべきだという価値観が浸透していたのでしょう。「だまし討ち」も「逃げること」も「命乞い」も、武士として正々堂々ではない「卑怯」なことであるとし、忌み嫌っていたのかもしれません。

戦略は「卑怯」か?

特にスポーツ界では、「卑怯」であることが嫌われます。スポーツマンシップを基本原則としているため、「ズル」をすることは下劣な行為とされています。ここで問題になるのが、「戦略のひとつとして真っ向勝負しないのは卑怯か」という点です。ワールドカップなどでは、わざと負けることで次の試合では弱いチームと当たることがあり、結果的に勝ち進む確率が高くなります。

「わざと負ける」ことについて、「卑怯」だと批判する人もいれば、「戦略のうち」と称賛する人もいます。スポーツ界は「結果がすべて」という考えが一般的のようで、勝つためには手段を選ばない選手も多いようです。勝つために負ける、あるいは時間をかせぐことは「卑怯」なのか「戦略」なのかは、よく議論の的になります。

「卑怯」さも必要

どうしても失敗できないときには、たとえ「卑怯」といわれても結果を残すしかないこともあります。結果を出すことによる利益と批判されることによる損失を天秤にかけ、場面に応じた使い分けも必要になってくるのではないでしょうか。

「卑怯」に対する批判は根強いですが、結果を出すためにあれこれやり方を考えるのは、知能の発達した人間の特権ともいえそうです。利益と損失を天秤にかけたときのバランスを考えて、「ここぞというときには手段を選ばない」と意志を固めることも、ときには大切でしょう。


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