「痛感」とは
「痛」という漢字は、「頭痛」「激痛」「心痛」のように「物理的・精神的な痛みや苦しみ」という意味で、頭痛、激痛、心痛のように用いることが多いですよね。しかし、「痛」には「はげしく。ひどい」など、程度が甚(はなは)だしいことを表す場合もあります。
「痛感」の意味
「痛感(つうかん)」とは、「こころに強く感じること。身に染みて深く感じること」という意味です。漢字通りに読むと「痛みを感じる」ことのように思えますが、「痛感」は、物理的な痛みを感じるほどに激しく心に感じることを表してます。
「痛感」の使い方
「痛感」は、具体的な事実を前において「~を痛感する」という形で使われるのが一般的です。また、「力不足」「経験不足」「準備不足」など、何かが足りなかったことを強く反省するようなときにもよく使われます。
例文
- 先生には難しいと言われていた希望校を受験したが、不合格で自分の勉強不足を痛感した。
- 会社が倒産したことに対し、経営者としての責任を痛感した。
- 裁判員を務めたが、事実を見極めて人を裁くことがいかに困難でストレスの多いことであるかを痛感させられた。
「痛感」の類語
「実感」
「実感(じっかん)」は、「現実に見たり触れたり体験したときに受ける感じ」、または「実際にそれを体験しているかのような生き生きとした感じ」を指しています。
「痛感」は実際に経験した物事に対して用いられます。一方、「実感」は実際の経験だけでなく、リアルに感じられるけれども実際には経験していない物事に対しても使うことができる表現です。
「痛感」と「実感」にはこのような違いがありますが、「こころに強く感じる」という点においては類語と言えます。
[例文]
- 病院で生まれたばかりの赤ん坊を抱いて、自分が父親になったことを実感した。
- 災害からの復興を描いた彼の手記には実感がこもっていて、思わず涙がこぼれた。
「切実」
「切実(せつじつ)」には複数の意味がありますが、「こころに強く感じること。身に染みて強く感じること」を表す場合があります。この意味において、「切実」は「痛感」の類語と言えます。
[例文]
- 単身赴任しているわが身にとっては、家族との同居が切実な願いだ。
- 金銭問題で家族も友人も離れてしまい、孤独な老後の悲哀を切実に感じている。
また、「切実」には、「切実な問題。切実な願い」のように「直接関りがある大事なこと」や「切実な表現。切実に対処する」のように「適切な」という意味もあります。
「感動」
「感動」とは、「何かに深い印象を受けて心を強く動かされること」です。「こころに感じるという」というところは「痛感」に似ていますが、「感動」は素晴らしさや美しさといったポジティブな物事に接したときに心が動くことを表します。
[例文]
- 初めて生で聞いた彼女の演奏には大変感動した。
- 映画の感動的な場面で誰かのスマホが鳴り、興が冷めた。
「痛」を使った熟語
ここでは「痛感」と同じく、「はげしく。ひどい」といった意味で用いられている「痛」を使った熟語を紹介します。
【痛飲】(つういん)
とことんまで酒を飲むこと。
⇒「久しぶりに友人と会って痛飲してしまった。」
【痛快】(つうかい)
胸がすっとするような気持のよいこと。ものすごく愉快なこと。
⇒「弱小と言われていた母校のチームが優勝したのは痛快な出来事だった。」
【痛嘆】(つうたん)
非常に嘆き悲しむこと。
⇒「生活が困窮するや否や、周りから人が離れていったことを痛嘆した。」