「閉口」について
「閉口」にはいくつかの意味があります。それぞれどのような場面で使われるのか、以下に例を挙げて紹介します。
「閉口」の意味①
たとえば、寒暖計の表示が40℃の目盛を指しています。カンカン照りの雲ひとつない青空の下、アスファルトの上では陽炎(かげろう)がたっています。
そんな時に人は「閉口」します。閉口、つまりとても手に負えない、どうすることもできない状態ということです。
【例文】
- 毎年のことだけど、お盆の帰省ラッシュには閉口するね。
「閉口」の意味②
いま地球のどこかで、この時間に誰かと誰かが議論しています。お互いに自説を信じて熱く論じあっていますが、ある瞬間、一方が放った一言に、向かい合ったもう一方は口元を歪め、あるいはかっと目を見開いて「閉口」します。
この場合の「閉口」は、相手の言葉に圧倒されたり、言い負かされてしまった瞬間の虚をつかれた状態を指しています。
【例文】
- 野党議員の言った一言に与党の大物が閉口してしまった。
「閉口」の意味③
テレビの画面には、刑事と容疑者の姿が映し出されています。刑事ドラマの一場面で、刑事はいま大声を出し、容疑者の自白を促しています。
刑事のその居丈高(いたけだか)な態度に容疑者は動揺も見せず、かといって歯向かいもせず、ただ唇を引き結んだまま口を閉ざしています。この状態もまた、「閉口」といいます。
【例文】
-
何を考えているのか、じっと閉口したまま、人の話に聞き入っている。
「閉口」の使い方
「閉口」の意味(①~③)に即した使い方を会話形式で見てみることにします。
夏の日に、冷房のない体育館で行われた住民説明会の帰り道です。男ふたりが、はたはたとせわし気に扇子を使い、駅への道を歩いています。
(上司)
いやあ、今日は暑かったねえ、さすがに「閉口」したよ
(部下)
まったく。扇子で風を送るだけでは手に負えませんでした
(上司)
しかし今日の主催者は、質問に返答できず「閉口」したままだったね
(部下)
そうでした。あれだけ理詰めで来られると、専門家もさすがに言葉に詰まっていましたね
街中を顧みることもなく笑い声をあげ、5、6歩も歩いたでしょうか。ふと人の気配に気づき、振り返ると、なんとその主催者です。当人を目のまえに、男ふたりは顔を見合わせて「閉口」する以外に術を持ち合わせていませんでした。
「閉口」の類語
「閉口」の類語を見ていきます。類語が分かると「閉口」の意味がさらに分かりやすくなってきます。
「辟易」
辟易(へきえき)とは「うんざりすること」や「嫌気がさすこと」です。今回のテーマである「閉口」とは、まさに意味をそのまま共有しています。
ただし、「閉口」よりもネガティブな印象を抱え込んでいる言葉ですので、使う場合や相手(使いどころ)に注意が必要です。
【例文】
- 文句の多い人だね。雨が降っても、風が吹いても辟易か。まったく君には辟易するよ。
「絶句」
漢詩(中国の詩)のひとつに「絶句(ぜっく)」という形式がありますが、もうひとつ、絶句には「途中で言葉に詰まること」「何かの途中で思わず息をのむこと」という意味があります。
結婚式のスピーチの最中に緊張して話すべき内容を忘れてしまったり、顔を洗おうと洗面所に入ったら大きな虫が壁を這っていたりする場面を想像してみてください。また、思いがけず、思わぬ場所で思わぬ人に出会った時も、人は「絶句」します。
【例文】
- 気になるあの人が、カップルで街を歩く姿を見て、絶句した。
「顰蹙」
不快な場面に出会って「顔をしかめること」や「眉をひそめる」ことを顰蹙(ひんしゅく)といいます。これは「閉口」とはいくらか意味が異なっており、もっぱら対人面における感情表現として用いられます。
また、何らかの言動・行動に対して、嫌われ、疎(うと)んじられる様子を指して「顰蹙を買う」と表現します。
顰蹙も閉口も外部から不快な刺激を受けたときの反応ですが、顰蹙のほうには刺激の原因に対するやや濃い非難の色が含まれています。
【例文】
- 顰蹙すべきは、立場をわきまえずに悪事を働く人間だ。
「閉口」に似た表現(慣用句)
人は昔から、外部から受けた刺激の感覚を言葉でつかまえようと工夫してきています。顔という部位ひとつとっても、「閉口する」と同じようにいくつかの的確な表現が見つかります。
鼻が曲がる
「鼻が曲がる」とは、「鼻が曲がってしまうほど嫌な臭い(悪臭)がひどいこと」という意味です。
まさか、鼻が曲がるほどの悪臭にさらされている人が口を大きく開けているはずはなく、「鼻が曲がる」思いをしている人は、きっと「閉口」もしていることでしょう。
目を背ける
「目を背ける」とは、「対象を見ないようにすること」「視界からはずして顔を背けること」や「相手の視線を避けたり、見ないふりをすること」を指して使われます。
「目を背ける」は、「閉口する」と同じように、対象を突き放す意味を含んだ言葉です。
しかし場合によっては、好きな異性の姿を目にして「恥ずかしさで目を背ける」ことや「異性を惹きつけるために目をそらす」こともあり、ネガティブな意味ばかりではありません。
耳をふさぐ
「耳をふさぐ」とは、耳をふさいで「あえて聞かない、聞こえないようにすること」を指しています。両手で耳に蓋をして物理的にふさいでもいいですし、ただ気持ちの上で聞こうとしない行為も「耳をふさいでいる」と慣用的に表現します。
「耳をふさぐ」場合には、「鼻が曲がる」ときと同じように口を真一文字にして「閉口する」人がいるかもしれません。さらに強い拒絶として、「目を背ける」動きも加わるかもしれません。
「閉口」だけでなく、顔についている目、鼻、耳などの感覚器にまつわる動作や仕草は、人間の感情を雄弁に表しています。