「馬子」とは
馬子(まご)とは馬を引いて荷物や人を運ぶ職業の人をいいます。馬方(うまかた)、馬追い(うまおい)などとも呼ばれます。
「馬子」の歴史
「馬子」の歴史:古代~
701年の大宝律令により、日本では駅伝制度が確立されました。駅伝制度とは、道路に沿って駅を作り、人や馬などを配置した交通・通信制度のことです。
人や物資・情報などは各駅を経由して運ばれていましたが、この時代の馬子はまだ職業化されておらず、農民が夫役(労働で納める税)として務めていたとされています。
「馬子」の歴史:中世後期~
馬子が職業化していくのは中世後期からです。商品流通が活発になるに伴い、年貢や商品の運搬は馬借(ばしゃく)と呼ばれる専業の馬子が行うようになりました。
江戸時代を迎えると馬子の活躍の場はいよいよ広がります。江戸幕府は馬車の使用を禁じていたため、流通網を支えたのは馬子に他ならなかったのです。
この頃は馬追い、馬方、馬曳(うまひき)などとも呼ばれていました。馬子を職業とする人も仕事も増加する一方で、馬子が旅人を恐喝し金品を奪うなどの事件も増加しました。
「馬子」のつく言葉
「馬子」にも衣装
「まごにも衣装」の「まご」は「孫」ではなく「馬子」です。「馬子にも衣装」とは馬子のように身分の低い人でも(どんな人でも)きちんとした格好をすれば立派に見えるという意味です。
馬子という職業がどのような扱いであったかなんとなくイメージが湧きますね。孫には何を着せても可愛いという意味ではないので注意しましょう。
また、褒め言葉だと勘違いしてうっかり他人に言ってしまうと大変失礼です。謙遜したい場合に自分に使うか、本当に親しい人に冗談交じりで言うくらいしか使うシーンは無いでしょう。
似た意味のことわざに「鬼瓦(おにがわら)に化粧」(醜い人でも化粧すればそれなりに綺麗に見える)があります。
「馬子」に褞袍
「馬子に褞袍」は「まごにわんぼう」または「まごにどてら」と読みます。馬子には褞袍のような粗末な服がお似合いである、つまり、分相応であるという意味です。こちらも言われるとあまりいい気分ではないことわざといえましょう。
馬子唄
「馬子唄」とは、馬子が馬を引きながら歌った唄のことで、民謡の一つに分類されています。甚句形式(七七七五調)が多く、リズムが一定でないため歌うのが難しいとされています。『箱根馬子唄(神奈川県)』や『小諸馬子唄(長野県)』などが有名です。
『箱根馬子唄』は箱根街道の馬子たちが歌っていた馬子唄で、歌詞からは難所が多く厳しい箱根街道の様子を伺うことができます。また、馬子たちは長い距離を移動するので、道中で通る地域の影響も受けていると言われています。
一方『小諸馬子唄』は、小諸から碓氷峠の馬子たちが歌っていた馬子唄です。それが江戸にも伝わり、江戸周辺の馬子たちも歌うようになりました。また、信州追分宿の飯盛り女たちが『小諸馬子唄』に三味線の手をつけたものが、追分節として各地に伝わりました。
「馬子」が使用されている作品
葛西善蔵『贋物』
太宰治『グッド・バイ』
国木田独歩『忘れえぬ人々』