「とち狂う」の意味
「とち狂う」(とちくるう)とは、「ひどくふざける」「馬鹿げた行いをする」「狂ったようにたわむれる」という意味の言い回しです。「トチ狂う」と表記されることもあります。
江戸時代に成立した言葉とみられており、古くは「とち狂ふ」と書かれたり、「どちぐるう」と濁って発音されたりすることもありました。
「狂う」が本意ではない?
後ほど「語源」の項でも詳しく解説しますが、「とち」という言葉自体が「ふざけるさま」「愚かなさま」という意味を持っています。
一点注意したいのは、「とち狂う」は、「とち」で「狂う」を修飾している(強めている)のではなく、「とち」を強めるために「狂う」が後についていると考えられている点です。
「ふざけたように狂う」のではなく、「狂ったようにふざける」が「とち狂う」の本意であることを踏まえておきましょう。「荒れ狂う」「舞い狂う」などの「狂う」に意味が近いかもしれません。
「とち狂う」の使い方
「狂う」という言葉は、「時計が狂う」のように「調子・状態などがいつもと違うさま」にも使いますが、「とち狂う」は人間(およびその活動)の様子が狂ったさまにしか使いません。
前項で説明したように、「とち狂う」は、正確には「狂う」が本意ではないと考えられています。しかし、現代において「狂う・狂った」という言葉は忌避(きひ)される傾向にあります。したがって、「とち狂う」も公の場などで使用することは避けましょう。
一部ネット上などでは、「笑いを誘う奇行」のたぐいや、「(肯定的に解釈されるような)ありえない事柄」を指し、軽めのニュアンスで「とち狂う」という言葉が使われる場合もあります。
用例
- かつて細密画家として名を馳せた〇〇氏は、何をとち狂ったのか紙幣の偽造に手を出し、晩節を汚した。
- 彼女に振られ、家が火事になり、おまけに全財産が入った財布を盗まれた彼がとち狂ってギャンブルにはまるのも無理はない。
- あまりに客が来ない有名コンビニチェーンの〇〇店、とち狂ってすべての弁当を100円で販売しはじめる。(※掲示板の題名などで)
「とち狂う」の語源
先にご紹介したように、「とち狂う」の「とち」は「ふざけたさま」「愚かなさま」という意味を持つ接頭辞であり、これを強めるために「狂う」が後についたもの、と考えられています。
「とち狂う」と似た「とち」がつく言葉には、以下のようなものがあります。
- とちる…舞台でセリフや仕草などを間違える。転じて、やりそこなう。
- とち喰らう…ふざけながら食べる。
- 早とちり…せっかちに判断して間違えること。
では「とち」の語源は何なのかと言うと、決まった説はないようです(特に意味はない、という説もあります)。以下に、語源としてありそうな考えを2つ挙げてみましょう。
「とち」の語源:「トチの実」説
「栃」(とち、とちのき)からとれる種子(トチの実)は、かつては灰汁(あく)を抜いて加工することで、特に米が取れない山間部などでは重要な食物となっていました。
そうしたトチの実を使った料理のひとつに「栃麺」(とちめん)があります。粉を引いて伸ばしたトチの実は大変固まりやすく、栃麺を作るには迅速に調理する必要がありました。
ここから「急いであわてふためく」という意味の「栃麺棒」(とちめんぼう)や「とちめく」という言葉が生まれ、これが「とち狂う」の「とち」につながったと考えられています。狂乱するようにあわてふためく、というイメージですね。
「とち」の語源:「ト」と「チ」の間違い説
先ほどもご紹介しましたが、舞台などで(緊張などのために慌てて)セリフを間違えたりすることを「とちる」と言います。
この「とちる」は、セリフの「ト」と「チ」の発音を間違えてしまったことに由来するという説があります。確かに同じタ行ですし、緊張で舌がもつれてしまうと明瞭な発音が難しいかもしれません。
この舞台用語の「とちる」が「とち狂う」の「とち」に通じるという説もあります。しかし、この「とちる」自体が先述の「栃麺棒」「とちめく」に由来するという考え方もあり、定かではありません。