「こと」と「もの」
日本語においては、「こと」と「もの」の二語でほとんどすべてをとらえることができると言われています。「もの」は、パソコン、サングラス、ペンのように実際に見たり触れたりすることができるもの、存在を感知できる「名詞」で表すことができる物体や物質を言います。
一方「こと」は、「もの」の対語です。形のないものや名詞で表すことができないもの、すなわち動詞や形容詞で表すものが「こと」という言葉で表現されます。形のないものとは、人間の心の中での思いや「もの」の性質や状態、物の成り行きなど抽象的な事柄を言います。
「こと」の意味と使い方
「こと」の意味は非常に広いので、ここでは大きく四つに分けてその意味と使い方を見ていきましょう。
「こと」の意味と使い方①
「こと」は、人間が経験したり想像したりする対象のうち、時間の移り変わりとともに変化していくと考えられるものを意味します。具体的には、以下のように事件や事実、事項などと置き換えられるものです。
【事件】これは見逃せないね。事が起きてからでは遅いから。
【事実】絶対怒らないから、本当の事を話して。
【事項】お金に関する事は山田さん、日程に関する事は渡辺さんに担当をお願いします。
【事情】そういう事なら仕方がないですね。
【事態】事は極めて深刻だ。
【事柄】これから私が言う事は忘れないようにメモしておいてください。
こうした例に見られるような「こと」は、実質的な意味を持つものとして使われるため、「事」と漢字表記される場合もあります。
「こと」の意味と使い方②
「こと」は、形容詞の連体形を受けて副詞のようにも使われます。
- 早いこと終わらせてしまおう。
- 長いこと待たされて、腰が痛くなってしまった。
- 阿部さんがうまいこと説明してくれて助かった。
「早いこと」は「早く」、「長いこと」は「長く」、「うまいこと」は「うまく」と同様の意味として用いられていますね。
「こと」の意味と使い方③
「こと」は、動詞や形容詞を名詞化する場合にも使われます。
- 趣味は、ギターを弾くことです。
- わたしの夢は、パイロットになることです。
- 元気なことが一番ですよね。
- 大きいことはいいことだ。
「こと」の意味と使い方④
上述の③のように、「こと」を用いて動詞や形容詞を名詞化した場合、「こと」そのものは意味を持ちません。しかし、それが一定の類型と結びついて一定の意図表現として用いられる場合が多くあります。以下にその一部をご紹介します。
【経験】ハワイへ行ったことがある。
【可能】ピアノを弾くことができる。
【習慣】朝起きたらすぐに白湯を一杯飲むことにしている。
【決定】次回のマラソン大会は来年の4月に開催することになった。
【忠告】二度と娘には近づかないことだ。
【決心】明日から毎日ジョギングすることにしよう。
「こと」の特別な使い方
その他にも「こと」には特別な使い方があります。以下にその一部をご紹介します。
わたくしこと
「わたくしこと」は、「わたしについて言うと」という意味です。自分について改まって言う場合に使われます。「わたくしこと、この度一身上の都合で退社いたします」のように、改まった文章で用いられます。
漱石こと夏目金之助
「〇〇こと▲▲」における「こと」は、「すなわち」を意味するつなぎの言葉として使われます。「こと」の前の「〇〇」には、ペンネームや芸名、通称などを入れ、「こと」の後の「▲▲」には本名を入れて使います。
かわいい猫ちゃんだこと
「こと」は、文末について終助詞化する使い方もあります。主に女性が、感動を柔らかに表現する場合に用います。また、同様に文末について終助詞的に使う用法として「ここでたばこを吸わないこと!」などもあります。これは、軽い命令や禁止という意味を持ちます。
「こと」が含まれる慣用句
「こと」は慣用的な表現にも多く見られます。慣用句においては「こと」から始まる表現の場合、「事」と漢字で表記するのが標準的です。以下に「事」から始まる慣用句をいくつかご紹介します。
事を運ぶ
「事を運ぶ」は、物事を推し進めていく、という意味です。「このプロジェクトは、失敗が絶対に許されない。いつも以上に慎重に事を運ぶ必要がある」などと使います。
事なきを得る
「事なきを得る」は、大きな問題にならずに済む、という意味です。「雪山で道に迷いかけたが、偶然地元の人が車で通りかかり、事なきを得た」などと使います。
事を構える
「事を構える」は、物事を荒立てようとする、という意味です。「管理人と事を構えるのは得策ではないから、水漏れの件は自分たちでなんとかしよう」などと使います。