「万金丹」とは
「万金丹」は日本の伊勢国(いせのくに:今の三重県)に伝わる丸薬の名前として知られており、「万」という字を旧字体の「萬」として、「萬金丹」と書かれることもあります。
古くは都会郡四郷村(宇治山田)の朝熊山(あさまやま)にある野間屋(のまや)で製造されていました。そのため、「野間万金丹」「朝熊万金丹」とも呼ばれました。胃腸、解毒、気付け、その他の諸病に効果があるとされ、「お伊勢さんの霊薬」というのが代名詞でした。
「万金丹」の流通
江戸時代の中期以降、伊勢神宮に参拝する「お伊勢参り」は庶民のトレンドとなっていました。「万金丹」は当時からお土産として人気があったようです。
その人気に火がついてからは様々なところで製造・販売されていたようです。有名なものとしては上記の野間のほかに、「護摩堂明王院に起源する万金丹」「秋田教方中倉万金丹」「小西の萬金丹」の4つがあり、このうち「小西の萬金丹」に関しては現代も製造されています。
形状や成分
「万金丹」の形状は長方形で、金箔を押してありました。成分は五倍子(ごばいし/ふし)や麝香(じゃこう)などを練って固めたものだったようです。
その形状が当時流通していた通貨である一分金(一歩判)に似ていたため、一分金のことを「万金丹」と呼ぶこともありました。
こうした用法は井原西鶴の浮世草子『好色一代女』にも見えています。(「月掛りの男万金丹一角づつに定めて」)
現在の「万金丹」
小西の萬金丹
江戸時代以来300年以上経つ現在も「萬金丹」の製造が続けられているのが「小西の萬金丹」です。
その成分は阿仙薬(あせんやく)、甘草(かんぞう)、桂皮(けいひ)、丁子(ちょうじ)、陳皮(ちんぴ)を寒梅粉、米粉、金箔とともに固めたもので、形状は長方形ではなく球形をしています。
現在は健康維持食品として販売されています。
伊勢くすり本舗の「萬金丹」
現在も、「万金丹」は様々な製造者によって製造されています。
伊勢くすり本舗の製品は指定医薬部外品であり、その成分はアセンヤク末(1000mg)、ケイヒ末(100mg)、チョウジ末(100mg)、モッコウ末(100mg)、センブリ末(50mg)、L-メントール(10mg)その他添加物として、カンゾウ末、米粉、金箔を含有しているとのことです。
形状は上記のものと同じく、黒い球体に金箔をまぶしたような形状をしています。
落語の演目「万金丹」
古典落語の演目にも「万金丹」と呼ばれるものがあります。これは上方噺の「鳥屋坊主」を東京へ持ち込んだもので、「戒名万金丹」「鳥屋引導」とも呼ばれるようです。
あらすじとしては、博打に負けて食い詰めた二人連れがにわか坊主になったところ、葬式で読経したり戒名を求められたりしてしまいます。そこで困り切ったあげく、たまたまみつけた薬の効能書きを拝借して、「戒名、官許伊勢朝熊霊法万金丹」と出任せに言うというものです。
落語のオチになるほど「万金丹」は庶民の間に浸透していたと言えます。
タイガーバームと「万金丹」
「万金丹」といえば、「万病に効く霊薬」というキャッチコピーが浸透していたこともあってか、「万金丹」ではない薬品まで「万金丹」と呼ぶような事例もあるようです。
とはいえ、現在はなかなか聞く機会もないでしょうが、昭和の頃には「タイガーバーム(シンガポールの軟膏薬)」のことを「万金丹」と呼ぶ人もいたようです。
「万金丹」と言葉遊び
「万金丹」は「まんきんたん」という語感の面白さも手伝ってか、言葉遊びにもよく出てきます。そのほとんどは無意味なトートロジーにすぎませんが、子どもの頃に口ずさんでいたりして、懐かしく思う方もいるかもしれません。
鼻くそ丸めて萬金丹
「越中富山の反魂丹、鼻くそ丸めて萬金丹」という俗謡は昔からよく知られていたようです。
「反魂丹(はんごんたん)」も江戸期に流行った薬で、薬の名前を二つ並べて韻を踏んでいます。「鼻くそ」に例えられているのは、「萬金丹」に対しなにがしかのやっかみがあるのでしょうか。
いじくそ万金丹
上の「鼻くそ」から転化したともいわれるのがこの「いじくそ万金丹」です。
「いじくそ」は「意地糞」であるといわれ、極端な意地っ張りに対し呆れて発せられる言葉であるようです。
しわくちゃ万金丹
「しわくちゃ万金丹」は「とても皺がいっている」ものに対して使われます。
ここまでくると「万金丹何の関係もないやんけ」と思うかもしれませんが、言葉遊びなので関係性を問うのも無粋でしょう。
物事を強調するために、無意味だが面白い言葉が付け加えられるという点において、一昔前に流行った「激おこぷんぷん丸」などと、系列は一緒の言葉と言えるでしょう。