「色欲」の意味
みなさんは「色欲(しきよく)」という言葉を聞いたことがありますか?日本三大随筆のひとつ、吉田兼好の『徒然草』にはこんな一節があります。
「人心を惑わすことにかけて、色欲に勝るものはない。人の心は愚かなものだ」と、吉田兼好は述べているんですね。何よりも人の心を惑わすという「色欲」とは一体何のことなのか。辞書には以下のように記載されています。
「感覚的な欲望。特に、男女間の情欲」つまり色欲とは、人が性的対象に抱く肉体に対する欲望のことなのです。『徒然草』の後の文章はこのように続きます。
「匂いなど一時的なもので、衣装に香をたいただけと知りつつも、なんとも言えぬよい匂いには、どうしたって心がときめいてしまうものだ」愚かしいと思いながらも心惑わされずにはいられない、それが色欲というものなのでしょう。
「色欲」の使い方
「色欲」は人間が抱く欲望のひとつです。「色欲を戒める」「色欲を抱く」「色欲に塗(まみ)れる」などという使い方はできますが、サ行変格活用(~する等)で動詞に変じないことには注意が必要です。
動詞の場合は、「性的対象の肉体を欲する」という意味の「欲情」を使用するとよいでしょう。「欲情」は肉体的な欲望だけでなく、ものを欲しがる際にも使用できます。
「色欲」と「性欲」の違い
ちなみに、「色欲」に似た意味を持つ「性欲」という言葉がありますね。「性欲」とは「男女両性間における肉体的な欲望」です。
「色欲」とほぼ同義のように思えますが、前者が“感覚的な欲望”であるのに対し、後者は“肉体的な欲望”であると定義されています。つまり「色欲」とは心に生じる欲望であり、「性欲」とは人間の持つ生理的な欲求のことなのです。
「色欲」の関連語
「性欲」以外にも「色欲」に関連する言葉はたくさんありますので、以下にその一部を紹介したいと思います。
- 肉欲…肉体に対して感じる欲望。
- 情欲…男女の情愛の欲。
- 淫欲…男女の情欲。
- 色情…男女間の情欲。
- 欲情…欲心。色欲の情。
- 劣情…いやしい心情。肉欲。
上記のうち、サ行変格活用で動詞として使用できるのは「欲情」のみです。また「劣情」は(特に性的な)感情を表す語として、「劣情を催す」といった使い方がよくされます。
七つの大罪の「色欲」
カトリック教には「七つの大罪」という概念があります。これは人を罪に導くとされる感情や欲望を示したもので、傲慢・憤怒(ふんぬ)・嫉妬・怠惰(たいだ)・強欲・大食・色欲の7つがそれに該当します。
イタリアの詩人ダンテ・アリギエーリの著した叙事詩『神曲』の地獄篇では、色欲の罪を犯した者が送られる「愛欲者の地獄」が以下のように描写されています。
かれら荒ぶる勢いにあたれば、そこに叫びあり、憂いあり、嘆きあり、また神の権能(ちから)を誹(そし)る言あり
我はさとりぬ、かかる苛責の罰をうくるは、理性を欲の役(えき)となせし肉の罪人なることを
ダンテ・アリギエーリ『神曲』地獄篇・第五曲より 訳:山川丙三郎
止むことのない暴風に吹き飛ばされ、また烈風に打たれ苛まれるというのがダンテの著した「愛欲者の地獄」なんですね。なかなか厳しい処遇ですが、カトリック教で言うところの「色欲」とは、不倫や未婚者の性行為、子どもを作る目的でなく快楽のための性行為などを指しています。
「色欲」はなぜ「色」なのか
ところで、「性的な欲望」を意味する「色欲」になぜ「色」の一字があてられているか、少し気になりませんか?
「色」にはそもそも、「容姿などが美しいこと」「愛情。愛情の対象となる人」という意味があるのですが、これは「色」という漢字が、まぐわう男女の姿から出来た象形文字だからだとする説があります。「色」の下部の「巳」のような部分がひざまずく女性を、上部の「ク」と「巳」を貫く直線が上に乗る男性を模しているのだとか。
言われてみれば「色欲」以外にも、「色男」「好色」「色気」など、「色」が使われているセクシャリティな語句はたくさんありますね。