「荏苒」の読み方
「その癖(くせ)彼の性質として、兄夫婦のごとく、荏苒の境に落ちついてはいられなかったのである。」とは、夏目漱石の『門』の一節です。
「荏苒」は「じんぜん」と読みます。上の引用のように、明治から昭和初期あたりの小説には登場している表現ですが、現在はほとんど目にすることがありません。
とはいえ、古い小説や新聞などでは見かけることがある表現なので、読み方や意味を知っておくと役に立つことがあるでしょう。
「荏苒」の意味
「荏苒(じんぜん)」には、以下の意味があります。
- 歳月が過ぎるままに、何もしないでいるさま。
- 物事がはかどることなく、のびのびになるさま。
時間は、止まることなく経過し続けるもの。過ぎゆく時間をどのように活用しているかで、意味が分かれます。1は「何もしていない」状態。2は「やってはいるが物事がうまく進まず、目標達成がのびのびに」なっている状態です。
「荏苒」の使い方
「荏苒」の使い方ですが、この言葉は基本的にネガティブなニュアンスで使います。何もせずに時間だけが過ぎている様子や、物事がはかどらずに延期を繰り返すさまは、決して良い状況とは言えませんよね。
「荏苒」の使用例・例文
- せっかくの長期休暇を荏苒と過ごすのはもったいない。
- 荏苒時を過ごしていては、ますます打つ手がなくなる。
- 解決策を模索し続けるも、荏苒と時が過ぎる。
- 荏苒と時間を空費しているうちに日が暮れてしまった。
荏苒として
「荏苒」を使う際によく用いられるのが「荏苒として」です。「荏苒として日を過ごす」のように、時間の流れを表す言葉と合わせて使います。
【使用例】
- 結局これといった進展もなく、荏苒として今日に至る。
- 気持ちが焦るばかりだったが、結果として荏苒として日々を過ごしていた。
「荏苒たる」
「荏苒たる」は、「荏苒たる日々」「荏苒たる毎日」のように時間を表す名刺とともに用いられます。
【使用例】
- 荏苒たる日々にピリオドを打ちたい。
- 彼らは荏苒たる毎日に虚しさを感じていた。
「荏苒時を許さず・荏苒時を過ごさず」
「荏苒時を許さず」とは、「まごまごしている間に時間だけが過ぎていく」という意味で、時間の無駄づかいを許してはならないという思いが込められています。また、「荏苒時を過ごさず」も同義です。
【使用例】
- 荏苒時を許さず。目の前の課題を整理し、少しでも前進しなければならない。
- 慎重さは必要だが、荏苒時を過ごさずの言葉もある通り、スピードも求められるところだ。
「荏」と「苒」の字義
「荏」の字義
「荏」という字は、音読みで「ジン・ニン」、訓読みで「え・えごま・やわ(らか)」と読み、以下の意味があります。
- エゴマ(荏胡麻)のこと。
- やわらかである。力が抜けてだらしない。
- 大豆またはエンドウのこと。
1と3の意味にあるとおり、エゴマ、大豆、エンドウ、シソなどを指します。また2の意味で使われている言葉には「柔らかで弱い」ことを指す「荏弱(じんじゃく)」があります。
「苒」の字義
「苒」という字は、音読みで「ゼン・ネン」、訓読みで「しげ(る)・すす(む)・やわ(らか)」と読み、以下の意味があります。
- 草がしげるさま。
- 物事がのびのびになる様子。
- 歳月の過ぎてゆくさま
「苒」を用いた言葉には「しっとりと草の生い茂るさま」や「時間がじわじわと経過するさま」を表す「苒苒(ぜんぜん)」という擬態語があります。
「荏苒」の類語
滞る
「滞る(とどこおる)」とは、以下の意味を持つ言葉です。
- 物事がスムーズに運ばない。はかどらない。つかえる。
- 金を支払うべき金がたまる。延滞する。
- 流れがとまる。停滞する。
- ためらいがちである。ぐずぐずする。
「滞」という字は「物事が一所にとどまって進まない」「ある場所に足をとめる」ことを表しています。そこから「物事がはかどらない」「ぐずぐずする」といった意味が派生したのでしょう。
膠着する
「膠着する(こうちゃくする)」とは、以下の意味を持つ言葉です。
- ある物に他の物がぴったりとくっついて、離れにくくなること。
- 物事がある一つの状態を保っていて長い間、変化しないこと。
「膠」という字は「にかわ」と読み、動物の骨や皮から作った粘着性のある物質のことを指します。膠着は「にかわがぴったり着いて離れない」様子を表しており、これが派生して上記の意味となりました。