「子」とは
名詞の「子」
「子(こ)」という言葉は、実に沢山の意味を持つ言葉です。代表的なものは次のとおり。
- 親から生まれたもの、またそれに準ずるもの。(養子など)
- 年少者、幼い者。
- 若い女性、娘。
- 元金から生じた利益、利子。
- 主だったものに対して、従属する関係にあるもの。
- トランプや花札などで、親以外の立場になる者。
もちろん、本来の意味は1ですね。そこから5の意味が生まれ、他へと派生していったと言えるでしょう。多くの場合、「親」と対になるものとして扱われます。
接尾語の「子」
名詞として使われる以外に、「子」が接尾語として用いられることもあります。日常生活で、いちいち区別を考えながら使う必要もないのですが、いくつか挙げておきましょう。
- 名詞や動詞の連用形につき、複合名詞の末尾の要素として、人・物の意味を表す。(売り子、舟子)
- 特に女性の動作や仕事につき、その動作主体が若い女性であることを示す。(踊り子、お針子)
- 女性の名前の末に使われる。(花子)
- 人を表す言葉について、親愛の意を示す。(娘子、甥っ子)
- 特定の場所や時代に生まれた人のことを表す。(江戸っ子、明治っ子)
3の「女性の名前」については、古来、高貴な女性の名前を表すのに用いられました。清少納言が仕えた中宮定子(藤原定子)、紫式部が仕えた中宮彰子(藤原彰子)などが有名です。更に古くは、小野妹子や蘇我馬子のように、男性にも使われていたのです。
「こ」以外の「子」
「こ」と読んで、「親」と対になる言葉として以外にも、「子」という漢字は用いられます。代表的なものとしては、十二支の一番目、「子(ね)」が挙げられるでしょう。
十二支
十二支とは、子(ね=ねずみ)、丑(うし)、寅(とら)、卯(う=うさぎ)、竜(たつ)、巳(み=へび)、午(うま)、未(ひつじ)、申(さる)、酉(とり)、戌(いぬ)、亥(い=いのしし)のこと。
これら12の動物のことを「干支」だと思っている人が多いと思いますが、厳密には違います。「干支」とは本来は「十干十二支(じっかんじゅうにし)」の省略形です。
十干十二支
十干とは、木火土金水の五行を「陽」を表す兄(え)と「隠」を表す弟(と)に分け、甲乙丙丁戊己庚辛壬の十字を当てたもの。木の兄→甲、木の弟→乙といった具合です。
古来、この十干に十二支を組み合わせて、方位や暦、時刻などを表していました。完成した年が、十干と十二支の最初の甲と子が出会う年ということから名付けられた「甲子園」などはその名残ですね。
十二支の「子」
十二支の「子(ね)」は、方角では北、時刻では真夜中の0時、または午後11時から午前1時までの間を指す言葉です。現代ではほとんど使われていませんが、南を表す「午」と組み合わせた「子午線」などの形で残っています。
小野篁(おののたかむら)のエピソード
「子」という漢字についての有名な逸話に、小野篁に関するものがあります。
小野篁とは?
小野篁は平安時代の文人で、百人一首にも歌を残した人物(参議篁)です。当代一の教養人であると同時に、反骨心に溢れた人物としても有名で、「野相公」などと呼ばれていたといいます。
そんな小野篁と「子」についてのエピソードとは、次のようなものです。
①事件発生
嵯峨天皇の御世、御所に「無善悪」という落書きがされたそうです。御所に落書きがされたという時点で大事件なのですが、気味が悪いのがその読み方がわからないこと。
②小野篁登場
さまざまに意見が出ましたが、結論が出ず、困り果てた天皇は教養人として有名な小野篁を呼び出し、「無善悪」の読み方を尋ねました。
③怪文の謎
小野篁は、平然と「さがなくばよけん(嵯峨天皇がいなくなれば、世の中はよくなるのにの意、読み方は諸説あり)」と答えたそうです。天皇がいなくなればいい、と天皇(および貴族たちの前)で言い切ったのですから、大騒ぎになりました。
④犯人は誰だ
更には、「小野篁以外に読めないのだから、この落書きは彼の手によるものだろう」という意見まで出る始末。それに対して弁明を求められた小野篁は、やはり平然と「私に読めない文字はありませんので」と言い切ります。
⑤小野篁への挑戦
そこで、嵯峨天皇は彼に「子子子子子子子子子子子子子子」と14文字の「子」の羅列を読むように命令しました。小野篁は間髪入れず、「ねこのここねこ ししのここじし(猫の子仔猫、獅子の子仔獅子)」と読んでみせたと言います。
天皇は彼の才気にいたく感心し、不問に付したということです。
エピソードは史実?
なかなかに面白いエピソードですが、そもそも「嵯峨天皇」という呼び方自体が、天皇本人が存命の間には存在しなかったはずなので、史実と捕えるには無理があります。
「子」という漢字の読み方の多彩さと、小野篁の自由奔放な人となりと文才の同居するイメージが作り出した創作である、と考えるのが無難でしょう。