「イタイ」とは?意味や使い方をご紹介

「痛い」という言葉の意味は、いまさら説明するまでもないでしょう。誰しも一度は「痛い」を経験しているはず。ところが、それとは別の意味の「イタイ」という言葉があります。「痛い」とは微妙に意味が違う「イタイ」の意味や使い方、語源についてみていきます。

目次

  1. 「イタイ」の意味
  2. 「イタイ」の例文
  3. 「イタイ」の類義語
  4. 「イタイ」と「痛い」は違う
  5. 「イタイ」の語源
  6. 「イタイ」の派生語
  7. 「イタイ」まとめ

「イタイ」の意味

「イタイ」は「はたから見ていて『もし自分だったら恥ずかしくて耐えられない状況にいる人』」を表す言葉です。

年齢に不相応な格好をしている人、アニメの美少女キャラをあしらったTシャツを着ている人、少年マンガに出てくるようなクサイせりふをなんの恥ずかしげもなくいってしまう人、このような人に対して「イタイ人」という風に使います。

「イタイ」の例文

  • 前のカノジョがめちゃくちゃイタイ人でさ……。
  • 君ってもしかして、イタイ人?
  • 40代でそのバッグはイタイかな。
  • おばさんなのにあのファッションはイタくない?
  • あの芸能人、人気ないし、ぶっちゃけイタイっていうか……。
  • あのセレブのブログ、自慢ばっかでイタイ。
  • うわー、この小説、中二病全開でイタイ。

「イタイ」の類義語

「イタイ」に近い言葉として「みっともない」があげられます。「みっともない」は「見たくもない」が変化してできた言葉で、「イタイ」と同様に「はたから見ていて恥ずかしい人」を表す言葉です。

では、「イタイ」と「みっともない」はどう違うのでしょうか。

「イタイ」と「みっともない」の違い

「みっともない」の場合、「みっともない人」とされた本人が恥ずかしさを自覚しているかどうかは関係ありません。

一方、「イタイ」の場合、「イタイ人」本人は自分が恥ずかしいことをしているという自覚がありません。むしろ自分では、かっこいい、かわいいと思い込んでいる傾向があります。

つまり、「イタイ」という言葉は「みっともない人」の中でもとりわけ「本人が恥ずかしさを自覚していない、理解していない場合」に使う言葉なのです。

「イタイ」と「痛い」は違う

俗語としての「イタイ」と、昔から広く使われている「痛い」は全く同じ発音です。ネットでは「痛い人」という風に、「イタイ」を「痛い」と表記することも多々あります。

漢字表記の「痛い」の基本的な意味は、「体に痛みを覚えること」です。傷口がずきずきと痛い、肌がひりひりと痛いなど、誰しも一度は経験しているであろう痛みを表現するときに使います。これは人体の危険信号であり、これがなければ怪我や病気に気づけません。

また、体の痛み以外にも、たとえば、会社で大きな損失が生まれたときに「この損失は痛い」という言い方をします。あるいは、答えに困る質問をされたときにも「痛いところを突かれた」などと表現します。

このように、「痛い」という言葉の意味を改めてみてくと、「イタイ」に「はたから見ていて恥ずかしい」という意味はありません。「痛い」と「イタイ」はとても似ていますが、基本的には違う意味の言葉なのです。

「イタイ」の語源

なぜ「はたから見ていて恥ずかしい」を「イタイ」と表現するようになったのかは諸説あり、正確な理由はわかっていません。説としては次の二つがあります。

「心が痛い⇒痛々しい⇒イタイ」説

悲惨な状況を目にしたり、悲惨なニュースを耳にして、当事者ではないのに強い悲しみの感情に襲われることを「心が痛む」と言います。

そして、「心が痛む様」を表す言葉として「痛々しい」や「痛ましい」といった言葉があります。この「痛々しい」や「痛ましい」が「痛い」の語源となった、という説があります。

「(心が)痛い」が、「痛々しい」や「痛ましい」を経由してから「イタイ」に変化したため、「イタイ」が本来の「痛い」の意味から離れてしまったというわけです。

ただこの説では、意味が「痛い」から離れてしまったにもかかわらず、なぜ「痛々しい」が「イタイ」に戻ってきたのかの説明ができません。

また、「痛々しい」や「痛ましい」には「相手に深く同情する」という意味がありますが、「イタイ」にはこのような感情はなく、「痛々しい」「痛ましい」には「恥ずかしいと思う」という意味合いはないため、「痛いから痛々しいに変化し、さらにイタイに変化する」という説では説明しきれない部分があります。

「いたたまれない⇒イタイ」説

やや奇説ではありますが、「いたたまれない」が「イタイ」に変化したと考える説もあります。

「いたたまれない」は「精神的な圧力を受け、その場から逃げ出したい気持ち」を表す言葉です。「恥ずかしさのあまりいたたまれない」という風に、恥ずかしさとセットに使われることが多い言葉です。

「見ている方が恥ずかしくていたたまれない」、「もし自分だとしたら恥ずかしくていたたまれない」という意味から「いたたまれない」が転じて「イタイ」に変化したと考えられます。

ただ、「いたたまれない」は漢字にすると「居たたまれない」となるため、それが「イタイ」に変化することには違和感も残ります。

「イタイ」の語源は不明

このように見ていくと、「痛い⇒痛々しい⇒イタイ」説は言葉の意味の部分で説得力に欠け、「いたたまれない⇒イタイ」説は語感の変化の部分で説得力に欠けます。

「イタイ」に関しては語源を説明できる決定的な説はない、というのが現状です。

「イタイ」の派生語

「イタイ」の派生語として有名なものに「痛車(イタシャ)」があります。「はたから見ていて恥ずかしい車」を意味し、アニメのキャラクター(主に美少女)のイラストなどがデザインされた車を称して使用します。

その語源はイタリア製の車を指す俗語「イタ車」であり、「イタ車」の派手さと「イタイ車」をかけて生まれた言葉だとも言われています。

ただし、「イタイ」が恥ずかしさに無自覚な人を対象に使われがちなのに対し、「痛車」はオーナー自身が称することもままあります。

昨今は痛車限定のイベントが開催されたり、痛車に端を発した「痛電車」「痛ネイル」「痛板」などが登場したりと、痛車に関連する「イタイ文化」は一定の市民権を得ています。

「イタイ」まとめ

なぜ人は「はたから見ていて恥ずかしい人」を「イタイ」と呼ぶのでしょうか。

実は「共感性羞恥(観察者羞恥)」という言葉があり、人は他人が恥ずかしい状況にいると、自分まで恥ずかしくていたたまれない気持ちになるといいます。もしかすると、人は「他人の恥ずかしさ」を「自分の痛み」として認識するのかもしれません。

「イタイ」の語源は謎のままですが「痛々しい」が語源にせよ、「いたたまれない」が語源にせよ、、人間には「他人の恥ずかしさに耐えられず、マイナスな感情を抱く」という性質があり、それが「イタイ」という言葉に結びついているのです。

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