「パロディ」の意味
「パロディ」を辞書で引くと「文学作品の一形式。よく知られた文学作品の文体や韻律を模し、内容を変えて滑稽化・諷刺化した文学」とあります。
パロディは真似歌を意味するギリシャ語「paroidia」を語源としており、現代では文学に限らず映像作品や音楽など、あらゆる既知の作品を模倣する際にも使用されます。また現代においては諷刺よりも滑稽化する目的が主流で、物語の“笑いどころ”として使用されることも多々あります。
「パロディ」の使い方
「パロディ」を使った例文としては「作中のセリフがパロディだと気づき、にやりとする」「携帯電話を片手に「スマホ、スマホ」と携帯電話を探す母の姿は、横山やすしのギャグのパロディを思わせた」などが挙げられます。
「パロディ」の類語
「パロディ」の類語は「オマージュ」「インスパイア」「パスティーシュ」「トリビュート」「二次創作」などです。
オマージュ・インスパイア・パスティーシュ
オマージュは尊敬や敬意、賛辞を意味する言葉です。また、特定の作品へ尊敬の念を表す目的で作られた作品も、オマージュと呼ばれます。
インスパイアはインスピレーションの動詞形です。「インスピレーション」とは「創作・思索の過程で、自分のものという実感がないまま得たひらめき」のことで、天啓のようなものです。現在では「何かをヒントにして得たひらめき」もインスピレーションと呼ばれます。
これを動詞形にして「インスパイアされる」と言えば、「他の創作物に影響を受ける」といった意味になります。
パスティーシュは先にある創作物の文体やテーマ、スタイルなどを模倣し、新たな作品を作り出すことです。
トリビュート・二次創作
トリビュートは、ある特定のアーティストなどに捧げる賛辞を込めた作品のことで、主に音楽において使用されます。
二次創作は、ある特定の作品のキャラクターや舞台設定を、そのまま使用して作品を作ることです。
「パロディ」と「オマージュ」の違い
パロディとオマージュはしばしば混同されますが、具体的にどのような違いがあるのでしょう。
オマージュの具体例
三谷幸喜が脚本を手がけ好評を博したTVドラマ『古畑任三郎』は、アメリカのドラマ『刑事コロンボ』のオマージュとして知られています。
『古畑任三郎』『刑事コロンボ』はともに「倒叙もの」と呼ばれるジャンルのもので、物語の冒頭で犯人や犯行の過程が明かされ、何も知らない探偵役がそれをどのように解明していくかが見どころです。また両作品の主人公は冴えない外見や言動といった特徴に共通点があります。
しかし『古畑任三郎』に『刑事コロンボ』を諷刺・滑稽化している様子は見られず、また明らかにパロディであると断定できるだけの要素もありません。
パロディの具体例
テレビ朝日系列で放送された人気ドラマ『TRICK』には、主人公の山田奈緒子が普段と違う口調で頭をかきながら登場し、机上を手で払う(フケが落ちたことを示唆する)シーンがあります。これは明らかに横溝正史の小説『金田一耕助シリーズ』のパロディで(金田一耕助はフケ症でよく頭をかく)、ドラマの中ではギャグシーンにあたります。
このようにハッキリと模倣であることが示され、かつ諷刺化・滑稽化されているものをパロディと言います。ですから、例えば『古畑任三郎』の主人公名が「古論坊(ころん ぼう)」で、しかも口癖が「うちのオジさんがね…」だったりすればパロディ作品と言えるでしょう。
盗作とその他の違い
ではパロディやオマージュと、盗作・パクりの境界線はどこにあるのでしょうか。まずパロディに関しては、“模倣そのものがネタ”であるため、盗作やパクりとの違いは一目瞭然です。模倣だとわかってもらえなければ意味がないので、なるべくわかりやすく模倣であることを示すからです。
オマージュの場合は「元作品への敬意を示せるか」が境界線でしょう。オマージュであることを公言するのが一番手堅い方法ですが、それ以外にも手はあります。先ほど例に出した『古畑任三郎』では、『刑事コロンボ』の吹き替えを担当した役者をたびたびキャスティングすることで、『刑事コロンボ』への愛着を示しました。
一方インスパイアは盗作疑惑の釈明に使用されることもあり、線引きが難しいところです。他作品の影響を受けるのは悪いことではありませんが、それをヒントにするのと盗用するのとでは雲泥の差があります。要するにインスピレーションを手がかりに、パクりと言われないレベルまでオリジナリティを高めることが必要なのでしょう。