人間到る処青山ありとは?人間到る処青山ありの意味
故郷だけが終の棲家ではないという意味で、大志を抱いて広い世界に飛び出し、活躍するべきであるという教えを表すことわざ
人間到る処青山ありの説明
この言葉は「にんげんいたるところせいざんあり」と読み、幕末の僧・釈月性の詩が由来となっています。「青山」は文字通りの青い山ではなく、人が骨を埋める場所、つまり人生の終着点を意味します。つまり「世の中にはどこにでも自分の居場所や活躍の場があるのだから、故郷に閉じこもらずに外の世界へ羽ばたこう」という励ましのメッセージなのです。特に新しい挑戦を始める人へのエールとして使われることが多く、「狭い世界に満足せず、もっと大きな舞台で自分の可能性を試してみよう」という前向きな気持ちを表現するのにぴったりの言葉です。
この言葉を聞くと、新しいことに挑戦する勇気が湧いてきますね。どこにいても自分の居場所は作れるという希望に満ちたメッセージが素敵です。
人間到る処青山ありの由来・語源
「人間到る処青山あり」は、幕末の僧侶である釈月性(しゃくげっしょう)の漢詩「将東遊題壁」の一節に由来します。詩の中の「人間到る処青山有り」という部分が元になっており、これは「男児志を立てて郷関を出づ、学若し成る無くんば復還らず、骨を埋むる何ぞ期せん墳墓の地、人間到る処青山有り」という全文から来ています。当時の志士たちに広く愛唱され、特に吉田松陰など幕末の志士たちに大きな影響を与えたことで知られています。
この言葉は、現代でも新しい挑戦をする人々を勇気づける力強いメッセージとして輝き続けていますね。
人間到る処青山ありの豆知識
この言葉の「人間」は「じんかん」と読むのが正しく、「世の中」や「人の住む世界」を意味します。また「青山」は文字通りの青い山ではなく、「墓地」や「死に場所」を指す比喩表現です。面白いことに、現代では「青々とした山がどこにでもある」と誤解されることも多いですが、本来は「世の中どこでも死ぬ場所はあるのだから、故郷にこだわらずに活躍の場を求めるべき」という逆説的な教えなのです。
人間到る処青山ありのエピソード・逸話
明治時代の実業家・渋沢栄一は、この言葉を実践した代表的な人物です。埼玉の農家出身ながら、パリ万博への参加をきっかけに海外視察を行い、帰国後は第一国立銀行(現みずほ銀行)を設立するなど、日本の近代経済の基礎を築きました。また、作家の司馬遼太郎は『坂の上の雲』の中で、秋山兄弟ら明治の青年たちがこの言葉を胸に海外へ旅立つ様子を描いており、当時の若者たちの心情を鮮やかに表現しています。
人間到る処青山ありの言葉の成り立ち
言語学的に見ると、この言葉は漢文訓読体の影響を強く受けた表現です。「人間」を「じんかん」と読むのは漢音読みで、日本語における漢語の受容の歴史を示しています。また、「到る処」は「至るところ」という意味の文語表現で、現代語ではあまり使われない古典的な語法が残っています。さらに「青山」という表現は、中国詩文における伝統的な比喩表現の影響を受けており、日本語と中国語の文化的な交流の深さを物語っています。
人間到る処青山ありの例文
- 1 転勤で地元を離れることになった時、上司から「人間到る処青山ありだよ。新しい土地でもきっと居場所は見つかるさ」と励まされて、不安が少し和らぎました。
- 2 大学進学で上京する友人に「人間到る処青山ありって言うし、東京で思い切り羽ばたいてきてね」とエールを送りました。
- 3 定年後、田舎に移住することを悩んでいた父に「人間到る処青山ありですよ。第二の人生、新しい場所でゆっくり過ごしてみては」とアドバイスしました。
- 4 海外赴任が決まった同僚に「人間到る処青山ありだ!現地で新しい仲間を作って、充実した日々を送ってください」とメッセージを送りました。
- 5 地元就職か都会就職か迷っている後輩に「人間到る処青山ありというから、自分が一番やりたい道を選ぶといいよ」と背中を押してあげました。
使用時の注意点と誤用例
「人間到る処青山あり」を使う際には、いくつかの注意点があります。特に誤解されやすいポイントを理解しておくことで、適切な場面で正しく使えるようになります。
- 「青山」を文字通りの「青い山」と解釈しない(本来は「墓地」の比喩)
- 「人間」を「にんげん」と読まない(正しくは「じんかん」)
- ネガティブな文脈では使わない(応援や励ましのポジティブな意味合い)
- 「人生到る処青山あり」は誤記(正しくは「人間」)
誤用例としては「この景色は本当に人間到る処青山ありだね」など、風景の美しさを讃えるような使い方は避けるべきです。
関連することわざ・類義語
「人間到る処青山あり」と似た意味を持つことわざや、関連する教訓的な表現をいくつか紹介します。
- 「所変われば品変わる」 - 場所が変われば物事も変わるという意味
- 「郷に入っては郷に従え」 - 新しい環境ではその土地の習慣に従うべきという教え
- 「鹿を逐う者は山を見ず」 - 一つのことに夢中になると周りが見えなくなるたとえ
- 「七転び八起き」 - 何度失敗しても諦めずに立ち上がる精神
「石の上にも三年」という言葉もありますが、時には「人間到る処青山あり」の精神で、新しい環境に飛び込む勇気も必要です。
— 日本のことわざ研究家
現代社会における意義
現代ではリモートワークの普及やグローバル化が進み、この言葉の重要性が再認識されています。場所に縛られない働き方や、国内外を問わず活躍できる環境が整ってきたことで、まさに「人間到る処青山あり」の精神が生きる時代となっています。
特に若い世代にとっては、Uターン就職や地方創生、海外でのキャリア形成など、多様な生き方を後押しする言葉として、現代的な意義を持っています。コロナ禍以降の働き方改革でも、この言葉の本質がより重要視されるようになりました。
よくある質問(FAQ)
「人間到る処青山あり」の「人間」は「にんげん」と読むのですか?
いいえ、正しくは「じんかん」と読みます。「人間(じんかん)」とは「人の住む世の中、社会」を意味し、「にんげん(人類)」とは異なります。この読み間違いはよくあるので注意が必要です。
「青山」は文字通りの青い山という意味ですか?
違います。「青山」はここでは「墓地」や「死に場所」を意味する比喩表現です。美しい自然の山ではなく、人生の終着点を表す言葉として使われています。
どんな場面でこの言葉を使うのが適切ですか?
新しい環境に飛び込む人を励ます時、転勤や進学で故郷を離れる人へのエールとして、また人生の転機に直面している人への応援メッセージとして使うのが適切です。
「人生到る処青山あり」という言い方は正しいですか?
誤りです。正しくは「人間到る処青山あり」です。「人生」と「人間」を混同する間違いが多く見られますが、元の漢詩の表現を尊重するなら「人間」が正しい表記です。
この言葉は現代でも通用する教えですか?
はい、非常に現代的な意味を持っています。グローバル化が進み、リモートワークが普及した現代では、場所に縛られずに活躍できる場面が増えており、この言葉の精神はむしろ重要性を増していると言えます。