「倦む」概観
「倦む」には二つの読み方があり、それぞれに意味と用法が違います。
- 倦む「うむ」:厭になる、飽きる
- 倦む「あぐむ」:上手く行かずに困り果てる
読み方こそ違いますが、活用は両方ともマ行五段活用で、全く同じです。古文調で活用させる場合も、マ行四段活用で、違いはありません。漢字も送り仮名も全く同じですので、区別が難しいケースもあります。以下に、それぞれの意味や用法を解説していきます。
「倦む(うむ)」
「倦む」を「うむ」と読む場合、同じことを続けて飽きる、厭(いや)になることを意味します。
【例文】
- 倦むことなく剣道の稽古を続け、いつしか八段にまで上り詰めた。
- 毎日代り映えのしない仕事に倦んで、転職を考え始めた。
「倦む」は、文章でよく見かけますが、話し言葉として聞くことは稀です。しかし、「倦怠期(けんたいき:飽きていやになる時期)」「倦厭(けんえん:飽きていやになること)」などに使われる「倦」を思い出せば意味は掴みやすいでしょう。
倦まず弛まず/撓まず
「倦む」は、飽きたり怠けたりせずにという意味の「倦まず弛まず(=倦まず撓まず)」という言い回しで頻繁に使われます。読み方は「うまずたゆまず」です。
「たゆまず」の漢字は「弛」「撓」、どちらでも構いません。「弛む(たゆむ)」は、気持ちが弛む、「撓む(たわむ)」は、気持ちが逸れることを指します。ただし、「撓む」の正式な読み方は「たわむ」であり、「たゆむ」は慣用です。
【例文】
- 語彙力をつけるには、倦まずたゆまず、一つずつ覚えていくしかないと思う。
- 倦まずたゆまずリハビリをしたおかげで、元の身体機能を取り戻せた。
「倦むことなかれ」
「倦むことなかれ」は、『論語』に出てくる孔子の言葉です。漢字では「無倦」と表記されます。
【訓読】子路政を問う。子曰く、之に先んじ、之を労う。益を請う。曰く、倦むこと無かれ。
【訳文】孔子の弟子の子路が政治について尋ねたところ、孔子は民の為に自らが先に立ち、民をいたわるようにと言われた。子路がさらに尋ねると「飽きずに続けることだ」とおっしゃった。
最初は、意気込みがあって熱心に行っていたことでも、続けていくのは大変なことです。そういう場合の戒めの意味で引用されることが多くある一節です。
「倦む(うむ)」を用いた複合語
後述するように、もう一つの読み方「倦む(あぐむ)」は、「待ちあぐむ(待ちわびる)」などの複合語を形成します。しかし、「倦む(うむ)」は複合語を形成しません。したがって、食べ飽きることを「食べ倦む(たべうむ)」と言うことはないのです。
送り仮名が同じでも、複合語となっている時には「あぐむ」であると覚えておきましょう。
「倦む(あぐむ)」
「倦む」は、「あぐむ」とも読みます。この読み方をした場合、意味は、できなくて困り果てる、いやになるです。次に示すように、多くは他の動詞との複合語の形で用いられます。
「倦む(あぐむ)」を用いた複合語
上で説明した通り、「倦む(うむ)」と異なり、「倦む(あぐむ)」は他の動詞の連用形に付いて「〜できなくて困る」「〜するのがいやになる」といった意味の複合語を形成します。複合語の一例は次の通りです。
- 「待ちあぐむ」:いやになるほど待つ
- 「攻めあぐむ」:有効な攻め方が分からず、困る
- 「尋ねあぐむ」:探してもたどり着けない
- 「考えあぐむ」:良案を考え付かなくて困る
【例文】
- バスを待ちあぐんで、3キロの距離を歩きだした。
- 敵の城は、深い堀と高い城壁に囲まれており、我が軍は攻めあぐんでいる。
- 旅館を尋ねあぐんで、街外れまで来てしまった。
- 考えあぐんでいたが、ようやく次のプロジェクトを誰に任せるかを決めた。
「倦ねる(あぐねる)」
「あぐむ」より、口語的な「あぐねる」もよく使われます。意味は、「あぐむ」と同様に出来なくて困る、いやになるです。動詞の連用形と共に複合語を形成する特徴も同じです。
【例文】
- エッセーの締め切りがあるのだが、テーマが見つからず書きあぐねている。
- どちらも素晴らしいので、一つに決めあぐねている。
「うむ」と「あぐむ」が同じ意味で使われる例
上記で「うむ」と「あぐむ」の違いを説明しましたが、飛騨地方では、「あぐむ」が「うむ」の意味で使われる例が見られます。また、天草地方の古語でも「あぐむ」を「あきる、嫌気がさす」という意味で使われていました。
- 「煎餅ばかり食べ続けて、あぐんだ。」:煎餅ばかり食べ続けて飽きた。(飛騨地方)
- 「厭きあぐむ」:飽きる。もてあます、などの意。(天草地方の古語)
人と話をしていて、何かうまく通じない時には、方言による違いを考えてみましょう。