「背水の陣」とは
「背水の陣」とは、自ら逃げ場をなくすことですごい力を発揮したり、決死の覚悟で挑むという意味のことわざです。この言葉は昔の中国で生まれました。秦の時代が終わったころ、強い兵士で構成された趙(ちょう)軍と、寄せ集めの兵士で構成された漢軍が争いを起こしました。真っ向勝負をしては勝ち目がない漢軍は、川を背にして陣を敷きました。これが背水の陣の由来です。
川を背にして陣を敷くのは、当時では常識破りな戦法でした。退けば川に落ちるしかないという絶体絶命な状況で、漢軍は本来以上の力を発揮し、強敵である趙軍を見事に打ち破ったのです。
「背水の陣」の使い方
「自らをあえて窮地に追い込むことで、普段以上の力を出す」ときに背水の陣を敷くや背水の陣で臨むといった使い方をします。たとえば仕事が期限までに終わらないときには、「背水の陣で臨むぞ」と喝を入れて徹夜で仕上げることがあります。また少し崩して「背水の陣だぞ」の一言で済ませることもあります。
「背水の陣」の類義語
背水の陣と似た意味をもつ言葉に、「窮鼠(きゅうそ)猫を噛む」や「火事場の馬鹿力」などがあります。「窮鼠猫を噛む」は、「追い詰められた鼠は猫に噛みつくほどの行動力を発揮する」という意味で、「火事場の馬鹿力」は、「ピンチのときには予想以上の力を発揮できる」という意味です。
「背水の陣」は本来「自分の意志で退路を断つ」ときに使います。ほかの2つは「受身的に退路が断たれてしまっている」のに対し、背水の陣は「自主的に退路を断つ」のです。締め切りに間に合わないから「自主的に徹夜をし、栄養ドリンクを飲む」のであって、誰かに強制されたわけではありません。「窮鼠猫を噛む」と「火事場の馬鹿力」はほとんど同じニュアンスなので、自由に使い分けてよいでしょう。
追い詰められると力を発揮できる
追い詰められた状況にあるとき、普段以上の力を発揮したという事例は少なくありません。車の下敷きになった息子を助けようと、重さが数百キロもある車を持ち上げた母親の話や、ビルの窓から上半身を乗り出したレスキュー隊が、屋上から飛び降りた人を素手でキャッチした事例もあります。
身近なところでは、夏休みの宿題をギリギリになってから一気に終わらせたという経験がみなさんにもあるかもしれません。遅刻して言い訳を考えているときも、頭脳はフル回転しています。このように、追い詰められた状況にあるときは、筋力や思考力が増強されることが科学的にもわかっています。
「背水の陣」のメカニズム
人間は普段、全力を出し切ることができません。全力のつもりでも、人間の体は常にリミッターが作動しているのでわずかな力しか発揮できないのです。もし日常的に全力を出せるとしたら、筋肉や骨が損傷してしまうからです。脳も数パーセントしか使われていないという研究報告がありますが、認知科学者の苫米地英人氏はこれについて「脳が全力を出したら、エネルギーの消費が激しすぎてあっという間に餓死してしまう」と述べています。
しかし、追い詰められた状況では興奮状態になり、リミッターが一時的に外れます。すると痛みを感じなくなったり、集中力が増加したりします。これはアドレナリンなどの脳内物質が分泌されるためで、脳から全身へと伝達されます。この状態になると一時的に全力を発揮でき痛みなども和らぎますが、しばらくしてアドレナリンが切れると反動がきます。「病院に運ばれてから傷が痛みだした」とか「翌日になって腰を痛めていることに気づいた」といったことが起こるのはこのためです。
「背水の陣」を応用して作業効率アップ
「背水の陣」を応用し、「これをしなければとんでもない目に遭う」と考えれば一時的にですが集中力がアップします。上司に怒られるとか、信頼がどん底まで失墜するとか、とにかく最悪の状況を想定しましょう。また制限時間を設けるのもよいでしょう。「この仕事を何時までにする」と時間を決めて取りかかると、普通に作業するよりも効率がよくなるという実験報告もあります。
他にも、自分のスキルアップのために応用することもできます。たとえばコミュニケーションが苦手ならばあえて接客業で働いてみたり、家にいると甘えてしまうならばあえて一人暮らしをしてみたり、浪費癖があるならばあえて口座からお金を引き落とせなくしたりと、自らを窮地に追い込むことで新しい活路がみえてくることもあるでしょう。