「天然ジゴロ」の意味
「天然ジゴロ」とは、「(本人にその自覚がない/本人が全く意図していない)ジゴロ」のことです。「ジゴロ」は「女たらし」、「ヒモ」を指しており、「天然」は「生まれながらの」という意味から転じて「無自覚な」、「計算してやっていない」という意味です。
「天然ジゴロ」の言動に、周囲は「自分に好意があるのかもしれない」と思ってしまうのですが、大抵の場合、本人にそんな気は全くありません。「天然ジゴロ」は周囲に期待や誤解を生む、罪作りな存在なのです。
「天然ジゴロ」の使い方
「天然ジゴロ」は、褒め言葉として使われることは殆どありません。また、「ジゴロ」は男性に対して使う言葉ですが、「天然ジゴロ」はこの言葉が広まるにつれて女性に対しても使われるようになりました。
性別によらず、相手に「自分に恋愛感情を抱いているのかもしれない」と思わせる振る舞いを意図せずにしてしまう人を指す言葉と言えます。
- 例1:「天然ジゴロって結果的に損をしている気がする」
- 例2:「いちいちやきもち焼いても仕方ないよ、彼は天然ジゴロだから」
- 例3:「彼女は天然ジゴロだから脈があるのか分からない」
「天然ジゴロ」の言動
- 相手の変化(服装、髪型、顔色、機嫌など)に敏感
- カウンセラー並みに相談に乗るのが上手
- 二人きりの時に恋愛の話題が多い
- さりげないボディータッチ
「天然ジゴロ」と「ジゴロ」
「天然ジゴロ」と天然ではない「ジゴロ」の違いは、意図的であるかどうかです。
- 「ジゴロ」:意図的に恋愛アピールする。わざと気のあるそぶりをする。
- 「天然ジゴロ」:意図していないのに思わせぶりな言動をとっている。
そもそも「ジゴロ」とは?
「ジゴロ」の由来となったフランス語の「gigolo(ジゴロ)」は、「年上の女性に養ってもらっている男性」を指しています。日本語で言うところの「若いツバメ」ですね。
一方カタカナ語の「ジゴロ」は、年齢に関係なく「女性に養われている男性」、「ヒモ」という意味で使われます。また、転じて「女たらし」、「プレイボーイ」という意味でも使われるようになりました。
なお、フランス語の「gigolo」の女性形は「gigolette(ジゴレット)」ですが、日本語としては定着していません。
「ジゴロ」の用例
下記の引用は、坂口安吾・作『都会の中の孤島』の一節です。一杯飲み屋の女中「ミヤ子(ミヤ公)」は、学生の情夫を持ちながら、言い寄ってくる男たちに貢がせていました。
やがてミヤ子は、情夫に雇い主を殺させ、無実の男に罪をなすりつけた後、チヨ子という別人になります。引用の場面は、チヨ子がジゴロに、真犯人を打ち明けているシーンです。
まもなく一人のジゴロがこの女と仲よしになった。ジゴロは男前だが、腕ッ節も強く、この区域で睨みのきくアンチャンだった。
やがて女はこのジゴロにだけみんな打ち開けた。結婚してもいいと思ったからである。女はミヤ公であった。
「天然ジゴロ」の類義語
「天然たらし」
「天然たらし」とは、「(無自覚な)人たらし」という意味で、概ねポジティブな言葉、褒め言葉として認識されています。「天然たらし」は恋愛以外の人間関係全般に使われます。
「フラグクラッシャー」
「フラグクラッシャー」とは、「立てたフラグを無視する人、回収しない人」を指す言葉です。
ここで言う「フラグ」とは、「死亡フラグ」や「恋愛フラグ」の「フラグ」と同じ意味です。コンピュータ用語の「特定の動作を起こさせるための条件」に由来し、「条件が成立した」ことを「フラグが立つ」といいます。
「フラグクラッシャー」は恋愛フラグに限った言葉ではありませんが、ラブコメディなどの主人公が複数の異性を相手に恋愛フラグを立てながら、そのことごとくをスルーするさまは「天然ジゴロ」と共通するところがあります。
「一級フラグ建築士」
「一級フラグ建築士」とは、「(漫画、ゲームにおいて)多くのフラグを立てたキャラクターに与えられる称号」を指し、下記の2種に分類されています。
- 「甲種一級フラグ建築士」:友情、恋愛フラグを多く立てたという称号
- 「乙種一級フラグ建築士」:死亡、失敗フラグを多く立てたという称号
「天然ジゴロ」に近い意味で使われるのは「甲種一級フラグ建築士」です。「甲種一級フラグ建築士」がフラグを回収するのはまれなので、「天然ジゴロ」とほぼ同義と言っていいでしょう。
「地ごろ」とは?
ところで、「ジゴロ」と同音異義語の「地ごろ」という言葉があります。「地ごろ」は薩摩地方の方言で「田舎者」の意。
西郷吉之助(隆盛)が島津久光に言い放って不興を買ったとされる言葉で、そのエピソードを含む2018年のNHK大河ドラマ『西郷どん』の第22話のサブタイトルは、「偉大な兄、地ごろな弟」でした。
ここで言う「偉大な兄」は島津斉彬、「地ごろな弟」は島津久光のことです。斉彬が生前に成し遂げられなかったことをやろうとする久光を、西郷が必死で止めるのですが、「根回しや駆け引きなど世渡りが上手な斉彬ならともかく、中央にコネもない久光には無理だ」ということで、久光のことを「地ごろ」と言ったのです。