「以て」とは
「以て」は「持ちて」が変化した言葉で、同じ表記で「もっ-て」「も-て」「もち-て」と複数の読み方をします。「も-て」「もち-て」はやや古めかしい表現になりますので、現代では「以て=もっ-て」が一般的でしょう。「もっ-て」は「以って」と書く場合もあります。
さて、「以て」にはいくつもの用法があるのをご存じでしょうか。クドクド説明するより、例文をご覧いただくほうが理解が早いと思いますので、用法別にご紹介していきましょう。
「手段」を表す
- この件については後日、文書を以て回答いたします
- 誠意を以て被害者に償う
- 毒を以て毒を制す
- 石以(も)て追われる
「~を以て」の形で使われることが多く、別の言葉に置き換えるなら「~によって」「~で」。「文書によって」「誠意で」のように、後段の行動をどんな手段(方法)で行うかを示す用法です。
4番目の「石以て追われる」は、そのままいい換えると「石で追われる」ですが、まるで石を投げつけて追い払われるかのごとく、無慈悲に排斥されるさまを表した慣用表現です。
「時」を表す
- 本日を以て引退します
- 来たる四月一日を以て、晴れて社会人となる
- 長年の友情もこれを以ておしまいだ
後段の物事を行う「時」を示す際の用法です。「本日」「四月一日」のように具体的な日時を表すほか、「これを以て」のように、ひとつの「区切り」というニュアンスで「以て」を使うこともあります。
「理由」を表す
- 規約違反を以て解雇処分とする
- これまでの功績を以て表彰された
こちらは、どのような理由(原因)で後段の事態に至ったかを表しているのがおわかりになるでしょう。
「強調」表現①
- 彼の考えはまったく以て理解できない
- いよいよ以て大変なことになってきた
この用法では、「以て」がなくても文章は成立しています。「以て」は「まったく」「いよいよ」などの副詞に添えられて、それを強調する効果をもたらしているのです。「まったく理解できない」よりも「まったくもって理解できない」のほうが込められた感情が強いということです。
「強調」表現②
- 個人の力不足をチーム力で以て補う
- 愛で以て世界を平和にできると思う
「以て」を省いても意味が通じるのは「強調」表現①と同様ですが、「以て」には「で以て」という定型の使い方があり、こちらはその例文です。
なお、「愛で以て世界を平和に……」は「手段」を表す用法と解釈することもできますが、「以て」がなくても文章が成り立つという意味で、「以て」自体の役割は「手段」ではなく「強調」なのです。
「付け足し」の表現
- 今日あいつは遅刻した。で以て、宿題もやってこなかった
- 昨日は休みだった。で以て天気もよかったから海まで遊びに行った
こちらも「で以て」の形を取って、前段の内容に後段の内容を加味する場合に用います。くだけた会話で「そんでもって」などということがあると思いますが、これも同じ用法です。
あくまで前段の内容を補足して押し広げる使い方ですので、後段が前段を否定するような文脈では用いません。
「接続詞」の用法
- 井蛙(せいあ)は以て海を語るべからず
- 以て瞑すべし
「以て」には「そして」「だから」「それによって」など、文脈によって微妙にニュアンスを変える接続詞の役割もあります。
1.は『荘子』由来の故事成語で、「井の中の蛙大海を知らず」と同語源のことわざです。井蛙(井戸のなかの蛙)は海を知りません。よって、井蛙に海の大きさを語っても意味がないというのです。「井蛙は」というと少々わかりづらいので、「井蛙には」と訳したほうが適切でしょう。
2.は慣用句。前段に何らかの事情説明を伴って、「(これだけの事を成した)。だから死んでも(=瞑す)悔やむべきではない」転じて「それで満足すべき」であるという意味です。前段の内容を受けて「以て」が使われるわけです。
「接頭語」としての用法
いまでは「以」という漢字を使わない言葉にも、「以て」を接頭語とした表現があります。例えば「以てはやす(もて囃す)」「以てあそぶ(弄ぶ)」「以て扱う(もて扱う)」などがこれに該当し、後ろの動詞の意味を強めたり、あるいは語感としてリズムを整えたりする役目を果たしています。
「以て」のまとめ
「以て」にはさらに、「約束を破るなんて以ての外(ほか)だ」「現代医学を以てしても完治は叶わなかった」のような慣用句・定型表現や、「ひと晩歌い以て(歌いながら、の意)騒いだ」といった用法などもありますので、興味を持たれた方は調べてみてください。