「狢」という漢字
「犭(けもの偏)」に「各」と書いて「狢」。訓読みで「むじな」と読みます。「犭」はけもの偏というだけあって、「猫」「狐」「狸」「狩」「猟」など、動物に関連する言葉によく使われます。
「むじな」は「狢」の代わりに「貉」と表記することもあります。「豸」もまた「貂(テン)」「豹(ヒョウ)」「貘(バク・「獏」とも書く)など動物関係の漢字に見られる部首で、「むじな偏」といいます。
「狢」の意味
さて、「狢(むじな)」という言葉の意味ですが、じつは辞書によって説明に若干の揺らぎがあり、どうも曖昧なところがあります。
一般的に「狢」とは「アナグマ(穴熊)」のこととされます。それから、アナグマに外見がよく似ていることから、「タヌキ(狸)」を指すと説明されることもあれば、なかには「タヌキに似た動物」というぼんやりした表現さえ見られるので少々厄介です。
これは、アナグマやタヌキ、あるいはハクビシンなどが、人里近くに棲息しているにもかかわらず夜行性で、混同されやすいことが大きく影響していると思われます。また、地方・地域によっても「狢」の意味するものには異同があるようです。
アナグマとは
アナグマは食肉目イタチ科アナグマ属の哺乳類です。強靭な鉤爪で地中に巣穴を掘って暮らすことからアナグマと名づけられました。アナグマのなかでも、「狢」と称されるのは、日本国内に棲むニホンアナグマのことといってよいでしょう。
ニホンアナグマは本州・四国・九州に分布しています。体長は4,50cmほど。茶褐色の毛に覆われたずんぐりした体型に、太く短い四肢、長く鋭い爪を持っています。頭部は比較的細く、目の周りが黒く鼻先が尖っているのが特徴です。
昆虫やミミズなどを好んで食べますが、里山から下りてきて農作物を荒らすことも多いため、害獣として駆除対象にもなっており、近い将来の絶滅を懸念されている種でもあります。
タヌキとの混同
一方、まったく別種でありながら、見た目や生態が似ているため、アナグマと取り違えられることの多いのがタヌキ(食肉目イヌ科タヌキ属)です。こちらはアナグマ以上に人間の生活圏に近いところにも棲息しており、都市部でも夜間に目撃されることがあります。
ことわざや民話にも登場するタヌキは、日本人にとってはたいへん馴染み深い存在ですが、欧米にはタヌキが棲んでいない地域が多いため、非常に珍しい動物と感じる方々もいるようです。
「狸寝入り」
アナグマとタヌキには「擬死」行動という共通点もあります。「擬死」とは、外敵に襲われるなど危険を察知した際に、反射的に動作を停止するいわゆる「死んだふり」で、ここから「眠っているふり」を意味する「狸寝入り」という慣用句が生まれました。
同じ穴の狢
「狢」を使った有名なことわざには「同じ穴の狢」があります。ほぼ悪い意味で用いられる表現で、表面上は無関係に見えても、裏では同類であることの喩(たと)えです。例えば、本来は犯罪を取り締まる立場であるはずの刑事が、陰で悪事に手を染めていたとしたら、悪人という意味で「あの刑事も同じ穴の狢だった」ということになります。
じつはこのことわざにもアナグマとタヌキが関わっています。アナグマが掘る巣穴は大規模で、いくつもの部屋を持つケースも多いそうで、そこにタヌキが勝手に間借りしていることがあるというのです。同じ穴に棲むアナグマとタヌキ。これを「同じ穴の狢」の由来とする説が有力です。
人を化かす「狢」
「狢」が人を化かすとされる伝承は有名です。芥川龍之介の「貉」の冒頭には、推古天皇35年(627年)に「狢」が人に化けて歌を歌ったという『日本書紀』の記述が紹介されています。そのぐらい古くから伝わる話であり、きっと皆さんも民話や怪談でご存じでしょう。
なかでもつとに名高いのは、日本研究者であり小説家の小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)による怪談「貉」です。
小泉八雲「貉」
このあと、くだんの商人は夜泣きそば屋に駆けこんで、息も絶え絶えにたったいま出遭った怪異を伝えます。話を聞いたそば屋の主人は、「お前さんが見たのはこんな顔だったかい?」……つるりとその顔を撫でると主人の顔ものっぺらぼう……これすべて、「狢」のしわざだったというのでした。