「憚る」とは
「憚る(はばか・る)」の「憚」という漢字は、左が「忄(りっしんべん)」で心を表し、右は「單(たん・ぜん・ひとえ)」で構成されています。「單」は旧字で、現在は「単」と書きます。「単」には「ひとつ」「ひとつのまとまり」「ひとえの着物」などの意味があります。
では、続いて「憚る」という動詞の意味をご紹介しましょう。
「憚る」の意味(1)
「憚る」には、大きく分けてふた通りの意味があります。1つ目は次のような意味です。
②恐れ慎む。
③障害があって進むことをためらう。
これらはどれも、対象となる人物や、そこに生じる事態を恐(畏)れて、こちらの言動を控えるというニュアンスを持っています。
この場合の用法としては以下のようなものがあります。
- 人目を憚る
- 外聞を憚る
- 「口にするのは憚りますが……」
「憚る」の意味(2)
2つ目の大まかな意味は以下の通りです。
⑤はびこる。いっぱいに広がる。幅があって入りかねる。満ちふさがる。
こちらの意味の「憚る」は、「幅」や「はびこる」が語源とも言われ、「憚る」の「はば」を「幅」に、「はばかる」を「はびこる」に間違えて捉え、活用されるようになったという説もあります。
用例としては「憎まれっ子世に憚る」ということわざが適当ですが、これについてはのちほど解説いたします。
定型句「憚りながら」
「憚る」の副詞的用法に、「憚りながら」という決まり文句があります。次のような意味です。
②「他人から見れば取るに足らない者かもしれないが、これでも自分は……」という思いで、自負したり誇示したりする気持ちを表す。「生意気なようだが」「大きな口をきくようだが」
例文は以下のとおりで、かしこまった場で使われることが多い表現です。
- 「憚りながら申し上げますが、社長の判断は間違っていると思います」
- 「憚りながら、これでも医者のはしくれです」
「憎まれっ子世に憚る」
「憎まれっ子世に憚る」とは、「人から憎まれるような者ほど世間では幅を利かす」という意味のことわざです。「幅を利かす」とは、地位・権力などを利用して威勢を振るったり、思うように振る舞ったりすることを言います。たくましく生き、幅を利かすことが基本の意味だそうですが、文脈によっていい意味にも悪い意味にもなります。
昔は「憎まれ子(ご)世に出(いず)る」と言っていたようですが、その後「憎まれっ子世に憚る」や「憎まれっ子世にはびこる」と言うようになりました。他にも類義語として「憎まれ子国に憚る」「憎がられてまめまめと」「憎まれ子の頭堅し」などがあります。
名詞「憚り」の意味
「憚る」は、「憚り」という名詞になると、次のような意味を持ちます。
②差し支えがあること。支障。さしさわり。
③便所に行くこと。また便所。
④憚り様の略
③にあるように、人目を憚る場所という意味で、「憚り」には「便所」という意味もあります。ご年配の方から聞いたことがあるかもしれませんが、「厠(かわや)」などと同じく、現在ではあまり使われなくなった日本語の1つです。
「憚り」の例文
- 憚りなく言う(①の用法)
- 公表するには憚りがある(②の用法)
- 「失礼して憚りに行ってきます」(③の用法)
「憚り様」とは
「憚り様(はばかりさま)」という表現をご存じでしょうか? 次のような場合に用いるいいまわしです。
②相手の非難を軽くかわして、皮肉で返すときなどに言う言葉。「おあいにくさま」
現在「憚り様」はあまり聞かれなくなり、「恐れ入ります」や「ご苦労さま」などに変わりましたが、古い小説などにはよく出てきます。
まとめ
「憚る」は心を部首としているように、本来は自分の気持ちを表す言葉であり、「遠慮」の気持ちや態度を表している言葉でした。その意味では、日本人の心を表す言葉の1つと言えるかもしれません。