「はたからみる」とは?意味や使い方を類義語を含めてご紹介

「はたからみる」は、第三者の目で見るとという意味の言葉です。「はたからみると簡単そうだったが、やってみたら難しかった」というように、見た目の印象と実際が違っているときによく使われます。この記事では「はたからみる」の意味や使い方を、類義語を含めて紹介します。

目次

  1. 「はたからみる」の意味
  2. 「はたからみる」の使い方・例文
  3. 「はたからみる」の類義語

「はたからみる」の意味

「はたからみる」「第三者として冷静に対象を観察する」という意味です。「はたから」を漢字で書くと「傍から」ですが、「端から」「側から」という表記も見られます。

「傍」には「わき。かたわら。そば」という意味があり、「はたからみる」は「そばでみる」「わきでみる」という意味です。また物理的に「そば」や「わき」でなくとも、「周囲からみる」「少し離れた所からみる」という意味だと考えられます。

何かの当事者ではなく、それを周囲から見ている第三者として観察することを「はたからみる」と言います。

「はたからみる」の使い方・例文

「はたからみる」は、当事者としてではなく第三者から見た様子を表すため、「周囲からはこのように見えているよ」といった情報を与えることができます。

例えばよく似た二人を見て、「はたからみると姉妹だよね」と言った場合は、「(2人は姉妹じゃないけれど、)周囲からは姉妹に見えるよ」という意見を述べたことになります。

また、「はたからみているだけだった」のように使うと「(何も手を出せず)そばで指をくわえていた」というニュアンスになります。

例文

  • 本番当日の彼女は、はたからみると元気そのものだったが、実は風邪で高熱があったということだった。
  • はたからみるとお調子者の彼だが、実は引っ込み思案で、普段かなり無理をしているらしい。
  • 彼自身は真剣に仕事をしているようだが、はたからみるとさぼっているように見える。
  • 彼女が難しい問題をスラスラと解いていくのを私ははたからみているだけだった。

「はたからみる」の類義語

「俯瞰する」

俯瞰(ふかん)する」の「俯瞰」とは「高い所から全体を見下ろすこと」「転じて、客観的に物事の全体像をとらえること」を意味します。「客観的に物事を一歩引いた所から観察する」という点では「はたからみる」に似た言葉です。

違う点としては、「はたからみる」は「第三者として対象を観察すること」を意味する言葉であるのに対し、「俯瞰する」は「自分も含めた対象の全体像を観察すること」に使う点です。

「はたからみる」は「自分以外の物」を、「俯瞰する」は「自分を含めた全体」を対象にしていると考えると良いでしょう。

【例文】

  • わが社の営業の在り方全体を一度俯瞰してみることが、問題解決への近道になるのではないでしょうか。
  • プロセスを俯瞰することで、今まで見えなかったミスを発見することが出来た。
  • 何か1つに熱中することは大事な事だけど、俯瞰することも時には大切だよ。

「傍目八目」

「傍目八目(おかめはちもく)」とは、他人の囲碁の対戦をそばで見ていると、実際に自分が対局している時より良く手が読めるということから、「局外にあると、物事の是非、理、不利が明らかにわかること」を意味します。「岡目八目」とも書きます。

「傍目(おかめ)」は「第三者の目で見る事。はため」を意味します。「はたからみる」に近い言葉と言えますが、「はたからみる」には「物事の利・不利がわかる」といったニュアンスは少ないです。

【例文】

  • 研究に行き詰っていたが、門外漢の友人のアドバイスに解決策を見つけた。傍目八目とはこういうことをいうのだろうと思った。
  • 争いごとが起きたときには、第三者に判断を求めるといい。傍目八目という言葉もある。


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