「逸る」の読み方について
「逸る」には、以下の通り三つの読み方があります。
- はや-る
- そ-る
- はぐ-る
この三つの「逸る」はただ読み方が異なるだけではなく、それぞれが別の言葉です。ひとつずつ意味と使い方を確認していきましょう。
①「逸る」:はやる
意味
「逸る」と書く場合、今日では「はやる」と読む機会がもっとも多いでしょう。「逸る気持ちを抑える」などに見られる「逸る」ですが、その意味は三種類あります。
- 心が進む。せきこむ。あせる。
- 勇み立つ。
- 調子に乗る。興に乗る。
このうち、一般的に広く用いられているのは1番目の意味であり、主に「何かを早く実現させたい」と心が焦る様子、精神的に前のめりになる様子を指します。
2番目・3番目の意味は今日ではあまり用いられていませんが、1番目の意味を思い浮かべ、前のめりになって何かに積極的になっている様子をイメージすると、その意味が取りやすくなるかもしれません。
使い方
「逸(はや)る」は、主に「気」や「気持ち」といった言葉と共に使用され、とくに「逸る気持ち」というフレーズは一種の定型表現として使われています。
【例文】
- 彼から手渡されたプレゼントを今すぐこの場で開けたかったが、人目もあるので、逸る気持ちを抑え、家まで持って帰ることにした。
- 新人は成果を上げたいがばかりに気が逸っている。先輩としてしっかり手綱を握っておかねば。
②「逸る」:そる
意味
「逸る」を「そる」と読む場合、それは「それる(逸れる)」という意味です。すなわち、何かが思いがけない方向へと向かっていく、本来の目的や正常な状態からずれていく、離れていく、などの様子を表します。
今日では「逸れる」と言うのが一般的であり、「逸(そ)る」はほとんど用いられていません。動詞として「そる」と言っても、「剃る」や「反る」を連想する人のほうが多いでしょう。
文例
『蜻蛉日記』(かげろうにっき)中巻・天禄元年六月より
この歌は、雨の空に鷹を放すさまを、(息子が)法師になる覚悟にたとえ、その真剣な思いを「悲しい」と歌っています。「雨」が「尼」に、「逸る」が「(頭を)剃る」に掛かっていることでも有名な歌です。
ここでの「逸る」は、鷹が「飛び去る」さまを表していますが、「心が離れていくさま」や「思いがけない運命の行く末」なども暗示しているといえるかもしれませんね。
③「逸る」:はぐる
意味
「逸る」を、「はぐる」と読む場合、それは現代でいう「逸れる(はぐれる)」のことであり、その意味は以下の二つです。
- 同行の者を見失う。他の人にまぎれてしまい、連れの人から離れる。
- (他の動詞の下に付いて)時期を失する。そこなう。そびれる。
「逸れないように手をつなぐ」などの言葉に見られるように、離れ離れになってしまう、見失ってしまうなどの意味ですね。
こちらも現代では「逸れる」と言うのが一般的であり、「はぐる」の用法が見られるのは古語か、やや堅めの文学小節の中などにほぼ限られています。
文例
- ここであの人を見逸(みはぐ)っては、私は一生後悔することになるだろう。
「逸」の字義解説
最後に、「逸」(イツ)の字について掘り下げておきましょう。「逸」は旧字体で「逸」と書き、「兔」(うさぎ)が走って逃げるさまを表しています。
「逃げる」さまから「うしなう、なくす」(例:逸失)、「きまりをはずれる」(例:逸脱)などの意味がある一方で、うさぎは俊敏な動物としても有名ですから、「すぐれる、ぬきんでる」(例:秀逸)といった意味もあります。
心が進む、あせる、勇み立つ、思いがけない方向へ向かう、見失うなど、多様な「逸る」をご紹介してきましたが、「うさぎがすばやく走って逃げる」さまを思い浮かべると、どの意味もそれなりに腑に落ちるのではないでしょうか。