「口さがない」とは
他人がたてる無責任な噂話など放っておけばいいのですが、SNS時代には、こうした言葉がどうしても目に入ってしまいますね。あることないこと言いふらしたり、何かにつけて他人を悪く言う人はどこにでもいるものです。
このような人を指して「口さがない人」と言います。「口さがない」の意味は、他人のことを無節操に悪く言い触らしたり、無責任に他人の噂や批評をする様子、また、言葉に節度がないということです。一言でいえば「口うるさい」ということですね。「口さがない」は、形容詞「口さがなし」がク活用したかたちです。
「口さがない」の成り立ち
「口さがない(口さがなし)」という言葉は、「口」+「さがなし」で成り立っています。「さがなし(性無し)」は、性格が悪い・口うるさい・口が悪い・いたずら好きといった意味の古語に由来します。
「口さがない」の使い方
「口さがない人」が口にするのはは無責任な噂、悪い評判ですから、他人の良い噂に対して、「口さがない」は用いられません。
また、「口さがない」には多くの場合、その噂や評判、または、その噂をしている人たちに対して、話者が呆れている・嫌悪しているというニュアンスも含んでいると言えるでしょう。
「口さがない」の例文
- 口さがない人々は、彼の出自をあれこれと噂した。
- 公式会見で否定したものの、口さがない噂はまだ世間でささやかれていた。
- 子供達だけでも口さがない世間から守ってやることはできないものだろうか。
「口さがない」の類語
口うるさく批判する
「兎や角言う(とやかくいう)」「何の彼の言う(なんのかのいう)」などは、口うるさく批判するという意味で用いられる「口さがない」の類語です。「他人のことを兎や角言う[何の彼の言う]のは止めなさい」のように用いられます。
無責任な噂を流す・他人を悪く言う
口づてに伝わる根拠のない情報を指す「流言飛語(りゅうげんひご)」という言葉は、「口さがない噂」と同じような意味です。
また、他人を悪く言うという意味では、「襤褸糞(ぼろくそ)」「糞味噌(くそみそ)」も類語と言えるでしょう。「襤褸糞[糞味噌]に言う」のように用いられます。ただし、この二つは、直接言う場合にも使うので、噂話や陰口とは限りません。
言葉に節度がない
言葉に節度がないという意味で用いる「口さがない」は、「口汚い」「不躾な」などと言い換えることができるでしょう。「口汚い[不躾な]人たち」のように用いられます。
『源氏物語』の「口さがない」
さきほど、「さがない(性無い)」は古語に由来すると説明しましたが、「口さがない」も古くから使われています。たとえば、『源氏物語』のこのような場面でも登場する言葉です。
世の人聞きに、しばしこのこと出ださじと、切(せち)に籠(こ)め給(たま)へど、口さがなきものは世の人なりけり。
【現代語訳】
世間でしばらくこのことを風評させまいと両家の人々は注意していたのであるが、口さがないのは世間で、
ー『源氏物語 第29帖 -行幸-』紫式部・著/與謝野晶子・訳ー
「口さがない世間」が噂したこととは?
引用した箇所の「両家」とは、光源氏の家と頭中将(とうのちゅうじょう)の家のこと。隠していたのは、光源氏が養女に迎えた玉鬘(たまかずら)が、実は、亡き夕顔が頭中将と間にもうけた娘であったことです。
人の口に戸は立てられないと言いますが、これが口さがない人たちの噂にのぼってしまったのですね。他人を悪く言ったり、無責任な噂を流したりするのも、節操のないことを言う人がいるのも昔から変わらないのでしょう。
噂話を聞きつけたのは誰?
ちなみに、このあと、噂を聞きつけたのは頭中将の娘・近江の君(おうみのきみ)。玉鬘と近江の君はそれぞれ都の外で育ったことは共通しています。しかし、自分を差し置いて尚侍(ないしのかみ)になる玉鬘を、近江の君は妬んでいます。
噂を聞きつけた近江の君は、父親たちの前で「あの子だって母親の身分が低いのは同じなのに、あの子だけ大事にされていてずるい」というような恨み言をぶちまけてしまうのでした。
『源氏物語』においては、美しくみんなから愛される玉鬘に対し、貴族的な教養にかける近江の君は笑われ役として描かれています。この場面の近江の君の振る舞いだけとって見ても、可愛がられるタイプには見えませんね。