「ザギンでシースー」とは
倒語(逆さ言葉)
日本には昔から「倒語」(とうご)という”言葉あそび”がありました。普段使っている言葉を逆さまに倒して使うので「倒語」と呼ばれます。
仕組みを知らずにおなじ日本語として聞くと分かりにくいのが「倒語」の特徴です。その分かりにくさを利用して、ある限られた人にだけ通用する言語、いわば仲間内の共通語としても使われます。
「ザギン」も「シースー」も倒語で表した単語のひとつです。
「ザギン」とは
「ザギン」とは、東京都中央区にある「銀座」の倒語です。銀座は日本有数の繁華街であり、高級感を演出して広く名をはせた”地域ブランド”です。
また、多くの人が集まり、街歩きを楽しむことから、地方の都市などで、土地の目抜き通りを「銀座」の名にした商店街をよく見かけます。
夜の銀座は、高級クラブに代表される飲食店を中心に、著名人や芸能・マスコミ関係者が集う社交の場としても知られています。
「シースー」とは
倒語ということからお分かりのように、寿司を逆さに読んだのが「シースー」です。寿司店といえば、最近では店内のカウンター席をコンベアが廻る回転寿司で知られています。
しかし、昭和の時代の寿司店は、コンベアのない店で店主が寿司を握ってくれました。店の構えもそば屋に似て、軒下ののれんをくぐって引き戸を開ける純和風のものでした。
寿司店は庶民にはやや敷居の高い料理店でしたが、「シースー」と倒語で表現されると寿司もずいぶん親しみやすく、くだけた印象になってきます。
「ザギンでシースー」の使い方
「ザギンでシースー」は「銀座で寿司を」ということです。さらにここへ「ベータ―」とひと言入れてみます。「ザギンでシースーベータ―」となり、「食べに行った」「食べに行こう」となるわけです。
銀座と聞けば、世の男性諸氏は”ネオンに高級クラブ”を思い浮かべるかもしれません。その思いに応えて、「ザギンでシースーベータ―」にもうひとつ倒語を入れてみることにします。
夜の銀座へ通うようになり、馴染みのホステスと寿司店へ行きました。それだけで庶民の間では自慢ばなしになるでしょう。翌朝、仲間に向かってさっそく”通”を気取り「ゆうべはザギンのチャンネーとシースーベータ―よ」などと言ってみます。
ホステスを「チャンネー(姉ちゃん)」と呼ぶあたり、いかにも下品で軽薄な、したり顔の男性像が浮かび上がってきます。
「ザギンでシースー」の背景
バブル景気
昭和の末期の時代から平成の初期にかけて、日本人は「バブル景気」を経験します。「バブル景気」は、そもそも東京の土地の値段が一気に上昇したことにはじまります。
土地の値段と一緒に株価も上がり、その勢いは雨後のタケノコのように、にわか仕立ての”資産家”を生むことになりました。そして、その人たちを追いかける”プチ資産家”と呼ばれる人たちも現れるようになったのです。
「ザキン」とバブル景気
バブル期の銀座は、日本人の商習慣のひとつ、「接待」がピークを迎えた時期でした。当時「社用族」と呼ばれたサラリーマンが、会社の経費を使って頻繁(ひんぱん)に銀座へ客を招くようになったからです。
そこには芸能・マスコミ関係者もやってきて、ホステスや従業員と打ち解けています。彼らの会話から、「ザギン」や「シースー」など、耳慣れない言葉が聞こえます。「ザギン」も「シースー」も、もともと芸能界で使われていた業界用語だったのです。
そのやりとりに、「社用族」が興味を持って反応します。幼児が口伝えで言葉を覚えるように、倒語の語彙はさらに増え、銀座を離れてからも、職場の休憩時間などに、社用族の日常会話としても使われるようになりました。
「シースー」とバブル景気
バブル景気は、それまでの日本人の価値観が行き場を失くした時代です。あるいは、価値のあるものとないものの見分けがつきにくかった時代かもしれません。
たとえば、バブル景気の頃の銀座の土地の値段は、坪単価で1億円を超えました。「だから、銀座はすごい」という評価になってきます。
寿司も、また同様です。「その銀座界隈の寿司だから高くて当然だ」「旨い」といって大枚を払います。ものの価値の見分けがつく前に、高級品をわれ先に金銭で手に入れて喜ぶ時代だったのかもしれません。
「ザギンでシースー」も、寿司本来の味を楽しむ人の言葉ではありません。しかし、バブル期のブランド志向が軽妙に表現されています。かつて、時代の空気を吸って息づいた言葉だけに、今後もバブル期のキーワードとして残ってほしい言葉です。