「群雄割拠」とは?意味や使い方をご紹介

「群雄割拠」は群雄が各地を地盤として勢いをふるい対立することを指す四字熟語ですが、群雄とはどんな人物を指し、また勢いをふるい対立するとはどういう状態なのでしょうか。本記事では「群雄割拠」の使い方や状態、現在における「群雄割拠」なども解説します。

目次

  1. 「群雄割拠」の意味
  2. 「群雄割拠」の使い方
  3. 「群雄割拠」の類語
  4. 中世日本における「群雄割拠」
  5. 古代中国における「群雄割拠」

「群雄割拠」の意味

「群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)」を辞書で調べると「群雄が各地を地盤として勢いをふるい対立すること」と記載してあります。「群雄」とは「多くの英雄」の意で、「割拠」は「それぞれの地方を拠点としてたてこもること」です。

かつては世が乱れると、統治者として覇権を争う群雄が、各々の地方を拠点として武力によって他国を侵攻することがありました。これが「群雄割拠」です。現在では「3つ以上の企業やグループが対抗している状態」を指して「群雄割拠」と言うこともあります。

「群雄割拠」の使い方

「群雄割拠」は状態を表す言葉です。「歴史小説を読み、群雄割拠の時代に思いを馳せる」「この路地には有名ラーメン店が建ち並び、まさに群雄割拠の様相を呈している」といった使い方ができます。

先述のとおり「群雄割拠」は、現代の何らかのカテゴリに当てはめてその勢力状態を表す言葉として使用できますが、注意したいのは一対一の争いには使用できないという点です。さまざまな勢力が争い合っている様を指す語句なので、少なくとも3つのグループがないと語弊があります。

「群雄割拠」の類語

「群雄割拠」の類語には「竜攘虎搏(りょうじょうこはく)」や「中原逐鹿(ちゅうげんちくろく)」があります。

「竜攘虎搏」

「竜攘虎搏」は竜と虎が争い合うように、実力の拮抗した者同士が激しく争い合うことです。これは「群雄割拠」とは違い、二者間の争いで使用される語句です。勢力が二分されており、かつ実力が拮抗している状態なら「群雄割拠」ではなく「竜攘虎搏」を使用しましょう。

「中原逐鹿」

「中原逐鹿」は帝位、または権力や地位を得ようと競い合うことです。「中原」は中国の黄河中流の南北の地域を指すのですが、かつて黄河の南にある河南省に周という王朝があったため、中原を覇権の象徴とみなし「天下の中央の地」という意味も持っています。

古代中国の歴史家である司馬遷(しばせん)は、史記『淮陰侯列伝』の中で「秦(しん)その鹿を失うや、天下共にこれを逐(お)う」と記述しています。「中国を統一した秦の始皇帝が崩御(ほうぎょ)した後、政権が崩壊し覇権を握る者がいなくなった。野に放たれた鹿を逐うように、みなが帝位を逐い求めた」ということですね。

これを引用したのが唐の時代の政治家である魏徴(ぎちょう)で、『述懐』という詩の中で「中原また鹿を逐い、筆を投じて戎軒(じゅうけん)を事とす」と詠んでいます。戎軒を事とすとは軍に従事することで、「天下はまた覇権を争っている。私も筆を捨てて参加せざるを得ない」という意です。ここから「中原逐鹿」という四字熟語が生まれました。

中世日本における「群雄割拠」

日本における「群雄割拠」の代表例といえば、何と言っても戦国時代でしょう。室町時代末期、8代将軍の足利義政の後継者争いに端を発し、応仁の乱が起こりました。それが収束した頃には京の都は荒廃し、室町幕府の権威も落ちるところまで落ちていました。各地の大名たちは武力を持って天下を窺(うかが)い、戦国時代の幕開けとなったのです。

戦国時代には徳川家康や織田信長、豊臣秀吉など有名な武将が数多く存在していますが、彼らが「群雄」と呼ばれる人たちです。群雄はそれぞれの地域を拠点とし、隣接する地域に侵攻して勝利することで勢力地を拡大させていきました。まさに「群雄割拠」ですね。

古代中国における「群雄割拠」

中国における「群雄割拠」で有名なのは、春秋戦国時代や三国時代でしょうか。春秋戦国時代を舞台とした漫画『キングダム』は、累計発行部数3,000万部の大ヒットを記録し、実写映画化も決定されました。漫画『三国志』も、7,000万部のベストセラー作品ですね。

三国志

三国時代は三国志の名でもおなじみですね。三国志というと、劉備・関羽・張飛の3人が活躍するイメージをお持ちの方も多いかもしれません。しかしこれは、厳密には『三国志演義』のイメージです。

『三国志』は三国統一後、陳寿(ちんじゅ)という人によって書かれた国の正式な歴史書です。それから1000年以上後、『三国志』をベースに『三国志演義』という歴史書が執筆されました。この小説は大ヒットしたのですが、『三国志』をベースにしたとはいえかなりフィクション要素が強く、事実とはかけ離れた内容となっています。

歴史とフィクションの混同

その後『三国志演義』をベースとした派生作品が『三国志』の名で流通したため、歴史と小説の混同が顕著に見られるようになりました。中国ではこれを問題視し、現在では『三国志演義』ベースのものは『三国演義』とされるようになったのですが、日本では未だに『三国志』の名で流通しています。

先述した横山光輝著『三国志』も、『三国志演義』をベースとした漫画です。『三国志』と『三国志演義』の違いを挙げればキリがありませんが、『三国志演義』で悪玉として描かれている曹操が、『三国志』では英雄的扱いをされていることくらいは知っておいて損はないでしょう。


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