ベクトルと外来語
「ベクトル」は外来語で、もともとはドイツ語の「Vektor」からきています。江戸末期(幕末)から明治にかけて、日本には大量の文化、知識、技術、物が入ってきました。
当時の日本人はそれらの多くを日本語に言いかえることで、日本に広め、さらに定着させようとしました。たとえば英語の「bank」を「銀行」としたようにです。
しかし、多くの外来語はカタカナ言葉として日本に定着しました。その一つが「ベクトル」です。
外来語の多くは英語なのですが、英語以外ではベクトルの他にカルテ(ドイツ)、カフェ(フランス)、オペラ(イタリア)など、どこからその文化や技術を取り入れたかによって、外来語の元となった言語も異なっているのです。
「ベクトル」の意味
『広辞苑(第7版)』の「ベクトル」の項には「大きさと向きを表す量」「力、速度、加速度などはベクトルとして表される」とあります。
たとえば「時速1キロメートル」は速度を表しますが、進行方向は表せませんよね。しかしベクトルでは力や速度、加速度といった大きさとともに、向きも表されるのです。
ベクトルを表す際によく用いられるのが矢印です。仮に走っている自動車の、向かう方向と速度を表すとしましょう。このとき矢印の向きは方向を、長さは大きさを表します。
自動車が同じ方向に進んでいるのか、反対方向に進んでいるのか、そのスピードはどのくらいなのか。あらかじめ、矢印の長さとスピードの関係を決めておけば、スピードの差も知ることができるというわけです。
「ベクトル」の使い方(日常生活やビジネスでの表現方法)
外来語としての「ベクトル」の意味は「大きさと向きを表す量」ですが、日常会話で使用される「ベクトル」には、「方向性」というニュアンスが強く含まれます。要するにある事柄の「向き」を表す際に、「ベクトル」という表現がよく使われるのです。
日常生活やビジネスの場面での「ベクトル」の使用例
- あの人とは業務の進め方の「ベクトル」が異なる。
- 今度のプロジェクトは皆の「ベクトル」を合わせてゆこう。
- 全員が同じ「ベクトル」で行動しているかわからない。
- 彼は間違った「ベクトル」で人生を歩んでいるとしか思えない。
ドイツ語の「Vektor(ベクトル)」
「ベクトル」の元である「Vektor」は、「運ぶ・移動する」を意味するラテン語の「Vehere」に由来します。
「ベクトル」という言葉は18世紀の天文学者が使い始めたとされており、今使用している「ベクトル」より当時は狭い意味で使用されていたようです。
「Vektor」の意味
ドイツ語の「Vektor」には、大きく2つの意味があります。
- 大きさと向きを表す量。
- 遺伝子操作などを行う際に、ウィルスやプラスミドから体の細胞に注入されるDNA断片。または媒介者(マラリアにおける蚊など)
ベクトルの関連語
実は媒介者のほうは、「ベクター」という外来語として使われています。「Vector(ベクター)」はドイツ語「Vekor」の英語表記です。
『広辞苑 第7版』には「ベクター」の意味として、媒介者、感染症の病原体を感染する動物の総称(マラリアにおける蚊)、遺伝子組み換えで細胞などに他のDNAを運び込ませるために用いられる小型のDNA分子とあります。
要するに、元は同じ言葉である「Vektor」と「Vector」を、「大きさと向きを表す量」の意味ではドイツ語由来の「ベクトル」、「媒介者」の方は英語由来の「ベクター」と使い分けているわけです。意味によってドイツ語読みと英語読みするなんて、日本ならでは面白いですよね。
ただし「ベクター」の方は「方向」という意味で使う場合もあるようで、飛行機が着陸する際に誘導する「レーダーベクター」というシステムなどがそれにあたります。こちらは英語圏から技術が導入されたためかもしれませんね。