「ナンセンス」の意味
「こたつに入りながらアイスを食べるなんてナンセンスだよ」なんて言われたら、みなさんはどうしますか?「ナンセンス」は頻繁に使用される語句とは言えないものの、時折耳にする機会はあるのではないでしょうか。
ナンセンスの“sense”は感覚を意味する英語ですが、そこに無・非・不などの打ち消し語である“non”を加えて“nonsense"と書きます。意味は「無意味であること・くだらないこと」です。
「ナンセンス」の使い方
ナンセンスの例文としては「レインコートを着ているのに傘をさすなんてナンセンスだ」「幽霊なんているわけがない。私は彼のナンセンスさを心の中で嘲った」といったものが挙げられます。
ナンセンスは「バカバカしい」と行動や心理を一蹴する意味合いが強く、また気取った印象も与えるので他者に対して使用する際は注意しましょう。
文学としての「ナンセンス」
「ナンセンス」は文学のジャンルとしても使用されます。現代で言うところのナンセンス文学は、私たちの持つあらゆる常識を“意図的に”破壊するための無意味さを持った文学です。ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』が有名ですね。
アリスの迷い込む不条理的な世界はしばしばファンタジーと混同されがちですが、ファンタジーとナンセンスは似て非なるものです。
「ナンセンス」と「ファンタジー」の違い
ファンタジー作品として有名なJ・K・ローリングの『ハリー・ポッターシリーズ』では、魔法学校や魔法生物など、現実にはあり得ないものが数多く描かれています。とはいえハリーの住む世界の理(ことわり)は、現実世界の私たちにも十分に理解できるもので、けっして不条理ではありません。
ところがアリスの迷い込むファンタジックな世界には、おおよそ現実に通用しそうな理がありません。
飲食するたびに伸び縮みする身体、お茶会に縛られ食器を洗う間もない帽子屋、「判決が先!審議は後!」と声高に主張する女王。それらのすべてに合理的な説明がなく、現実世界の住人でありいわば読者の代弁者たるアリスは翻弄され、幾度も「nonsense!」と叫ぶ羽目になるのです。
ジャバウォックの詩
『不思議の国のアリス』の続編である『鏡の国のアリス』に登場するジャバウォックの詩は、ナンセンス詩の傑作と称されています。以下はジャバウォックの詩の第一節を抜粋したものです。
Twas brillig, and the slithy toves
Did gyre and gimble in the wabe;
All mimsy were the borogoves,
And the mome raths outgrabe.
(ルイス・キャロル作『鏡の国のアリス』より)
あぶりのときぞ トーブぬらやか
まはるかのなかを ぐわりきりさす、
すべてほそれな ぼろとりのなれ、
やからのあぶた ほえずりにけり
(翻訳:多田幸蔵)
日本語に訳されていても、なんのことやらわかりませんね。これはジャバウォックの詩が、複数の語句を組み合わせてできる「混成語」を多く含んでいるためです。
例えば原文の「slithy」は、日本語では「ぬらやか」と訳されています。おそらくslithyが「ぬるぬる(slimy)」と「しなやか(lithe)」の混成語なので、訳文でもその2つの語句を混成させたのでしょう。
ジャバウォックの詩の原文はしっかりと韻を踏んでおり、混成語が多用されているにも関わらず、なんとなく詩としての起承転結が見えてくる点が秀逸です。日本語に訳しても原文と同レベルの完成度は望めませんが、訳者によってかなり文章に違いが出るのは面白いですね。
エロ・グロ・ナンセンス
昭和初期の日本では「エロ・グロ・ナンセンス」という文化も生まれました。もともと「エログロ」は、煽情的かつ怪奇なさまを表す言葉です。
エロ・グロ・ナンセンスな作風の代表格と言えば、推理作家の江戸川乱歩でしょう。「エロ・グロ・ナンセンス」という言葉が流行する前に発表された作品ですが、『パノラマ島奇譚』などはまさに象徴的です。また『ドグラ・マグラ』や『少女地獄』などで知られる夢野久作も、幻想的かつ怪奇な世界を描いた作品が多く見られる作家です。
ただしエロ・グロ・ナンセンス作品は先述したナンセンス文学とは異なるもので、ナンセンス文学の要件を満たしているわけではありません。さらにエロとは言え、あからさまな性描写があるわけでもありません。あくまで煽情「的」なのであって、むしろそこはかとないエロティシズムと怪奇性こそがエロ・グロ・ナンセンスの本領と言えるでしょう。