「三千世界」の意味
「三千世界(さんぜんせかい)」は仏教用語のひとつで、正式名を「三千大千世界(さんぜんだいせんせかい)」といいます。
仏教では、少世界・小千世界・中千世界・大千世界という概念が存在しますが、その総称が三千大千世界です。
まず、甘露の雨が降るという須弥山(しゅみせん)なる正方形の山があります。それを金で出来た7つの山脈が取り囲み、その周りには8つの海が存在し、さらに鉄囲山(てついせん・てっちせん)という鉄で出来た山が海を取り囲む形で存在しています。
須弥山の下には「金輪際」という言葉の元となった、巨大な円盤状の金輪があり、その下に水輪、最下に風輪があります。これが仏教における少世界です。そして少世界が1,000個集まったものが小千世界であり、小千世界が1,000個集まったものが中千世界、中千世界が1,000個で大千世界なのです。
「三千世界」のひとつ「娑婆」
上記の説明だけで既に壮大だと思われたかも知れませんが、なんと三千世界は1つではありません。1人の仏が治める世界の単位を仏土といいますが、例えば私たちの住む世界の外側の、10億万仏土先の西方には極楽という世界があると言われています。
「極楽」という言葉を聞いたことのない方はいらっしゃらないでしょう。極楽とは、数多ある世界のうちのひとつだったのです。では私たちの住む世界の名称は何かというと、娑婆(しゃば)です。よく刑務所のような不自由な場所から外に出ることを「娑婆に出る」と言いますが、この言葉の大元となったのが仏教用語の「娑婆」なんですね。
「三千世界」の使い方
仏教関係者でない限り、「三千世界」という言葉を日常的に使うことはほぼないと思われます。しかし会話の切り返しなどにさらりと盛り込めば知的で洒落た印象になるので、この機会に使い方をマスターしておきましょう。
「三千世界」を文章に組み込むのはそう難しくありません。「世界」や「世界中」といった意味で使用すればよいのです。「あのA子が結婚だなんて、三千世界の人間がひっくり返るね!」といった具合です。もし「三千世界って何?」と訊き返されたら、ここぞとばかりに仕入れた知識を披露しましょう。
「三千世界」を使った都々逸
都々逸(どどいつ)は七七七五の音数律による定型詩ですが、「三千世界」を使った有名な都々逸があるので以下に紹介したいと思います。
なかなか謎めいた詩だと思われるかもしれません。まず、“主”とは古い二人称にあたる言葉で、“あなた”と現代語訳することができます。しかし“あなたと朝寝したい”という願望が、なぜ“世界中の鴉を殺す”ことに繋がるのか不思議ですよね。
この都々逸で言うところの“鴉”は、八咫烏(やたがらす)のことです。八咫烏は日本神話ではお馴染みの生き物で、熊野権現(くまのごんげん)に仕える三本足の大きな鳥だと言われています。ではなぜ八咫烏が死ななければならないのか、以下の項で詳しく解説したいと思います。
鴉と起請文
熊野三山(くまのさんざん)では、熊野牛王符(くまのごおうふ)と呼ばれる護符を配布してくれるのをご存じでしょうか。牛王符はそのまま護符としても使用できますが、かつては裏面に約束事を書くことで、神を証人に立てた契約書としても使用されていました。これを起請文(きしょうもん)といいます。
起請文は熊野以外の護符に認めてもよいのですが、特に熊野牛王符がよく用いられました。熊野牛王符に書いた約束を破ると、熊野の八咫烏が3羽死に、約束を破った本人も厳しい罰を受けると言われていたのです。
つまり前項の都々逸は、「起請文の約束を破り、たとえ世界中の鴉を殺すことになったとしても、あなたと朝寝がしてみたい」という、かなり情熱的な内容なのです。“あなたと朝寝をすること”が起請文の約束を破ることになる以上、起請文には別の人との誓いが立てられているのでしょう。
主人公については解釈の余地がありますが、一般的には遊女とされます。客に起請文を渡して愛の誓いを立てるのは、遊女が客の心を掴むテクニックのひとつでした。遊女は護符を75枚まで発行出来たとも言うので、八咫烏の総数は不明にしても、約束を反故にすればかなりの数の鴉が死ぬことになるでしょう。
そう考えると、「三千世界の鴉を殺し」も、あながち大げさな表現ではないのかもしれませんね。