「五月蠅い」
「五月蠅い」という言葉をご存知でしょうか?「うるさい」と読みます。日常でもよく使う言葉ですが、このような表記は見慣れない人もいるかと思います。同じ読み方で「煩い」という漢字もあります。2つの表記の違いは何でしょうか?
「五月蠅い」の意味
「五月蠅い」の意味は大きく分けて2つあります。
- 「不快な物や音にいらいらする様子、うんざりする様子」
- 「必要以上に固執するため、面倒に思う様子」
です。音や物や人や考え方などに対して面倒だったり、うんざりしたりする様子のことを意味しています。
「五月蠅い」の語源
「うるさい」の語源は「うら(心)」に形容詞の「せし(狭し)」がくっ付いてできたと言われています。外部の刺激により、心が狭くなる状態のことを指します。そこから転じて上記の意味でつかわれるようになったとされています。
「五月蠅い」はその言葉に五月の蠅(はえ)の様子を重ね合わせた当て字です。
「五月蠅い」の用例
- 髪が伸びすぎて五月蠅くて仕方がない。
- 一日中五月蠅い繁華街。
- あの先生は身だしなみに五月蠅い。
- 世間の目が五月蠅い態度で見る。
「五月蠅い」の歴史
「五月蠅い」は五月の蠅(はえ)がうるさいことが由来となった当て字です。万葉集などに使われた「五月蠅(さばえ)」という表記を明治時代に、ある文学者が使ったために、世間に広がったとされています。
万葉集の「五月蠅(さばえ)」
万葉集の中の「五月蠅(さばえ)」という表現は以下のように使われています。
夜は熛火の若に喧騒ひ、昼は五月蝿如す涌き
出典『日本書紀』
かくしもがもと頼めりし皇子の御門の五月蝿なす(五月蝿成=さばへなす)騒く舎人は 白栲に衣取り着て常なりし笑ひ振舞ひ
出典『万葉集』
万葉集が成立した当時から「不快な物や音にいらいらする様子、うんざりする様子」として使われていることがわかります。そして、「五月蠅(さばえ)」を使って「五月蠅い」と表記したのが夏目漱石と樋口一葉です。
「五月蠅い」と表記した夏目漱石と樋口一葉
してお内儀さんはと阿關の問へば、(中略)是非もらへ、やれ貰へと無茶苦茶に進めたてる五月蠅さ、何うなりと成れ、成れ、
出典『十三夜』樋口一葉
それで生徒がおれの事を赤手拭赤手拭と云うんだそうだ。どうも狭い土地に住んでるとう五月蠅いものだ。
出典『坊っちゃん』夏目漱石
夏目漱石と樋口一葉の作品の中に「五月蠅い」が使われているのです。作品の成立年代からすると、樋口一葉の『十三夜』の方が先です。
「五月蠅い」は実は蠅じゃない?
蠅が大量に発生する時期は6~7月です。しかし「五月蠅い」と表記するのはなぜでしょうか。
理由として考えられているのが、蠅と蜂を勘違いしていたという説です。5月に活発に活動するミツバチとハエが似ているという点からです。
または太陰暦(昔)と太陽暦(現在)の暦の違いだという説などがあります。ちなみに太陰暦と太陽暦の違いは1か月ほどです。現在の6月は太陰暦で5月にあたります。
いずれにしても、やはり「不快な物や音に対してイライラする様子」という意味が大きく異なることはありません。
「五月蠅い」と「煩い」
意味は変わりません。表記の違いだけです。しかし、もし使い分けるのであれば、文字そのものの印象の違いから判断するべきでしょう。
「煩い」は「うるさい」の他に「わずらい」とも読みます。よって「わずらわしい」というニュアンスを含んだ「必要以上に固執するため、面倒に思う様子」の意味で用いるときに「煩い」を使用するといいかもしれません。
また、「不快な物や音に対してイライラする様子」の意味で使うなら「五月蠅い」を使うと、蠅のような存在を嫌がるニュアンスが伝わります。また、文学作品や歌に使われている用例が過去に多いことから、日常で使うというよりは文学的な作品を作る時に使うと効果的な当て字であるとも考えられます。
以上、言葉の背景や「煩い」との違いを意識して「五月蠅い」をぜひ使ってみてください。