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「見得を切る」の意味
「見得を切る」というのは歌舞伎の演出の一つで、役者が観客の関心を自分に集中させるために行う歌舞伎独特の演技のことです。
そのことから転じて、「相手に対して自分を誇示するような言動をとること」「いいところを見せようと無理をすること」を「見得を切る」ということがあります。
歌舞伎の動作「見得を切る」
「見得を切る」というのは、舞台の上で物語が進展している最中のある瞬間、その演目のクライマックスとも言うべき場面で、舞台を一瞬中断し、役者もそれぞれに形を決めて動きを止めることをいいます。
仁王像のような形が「見得」
主役の立て役者は眼をカッと見開き、両手を大きく広げて、まるで仁王像のような形を決めて動きを止めます。この立て役者の仁王像のような形を「見得」と言い、形を決める一連の動作を「見得を切る」と言います。
また、主役の役者だけではなく舞台に出ている役者がそれぞれに美しく形を決め、舞台全体が一幅の絵のように切り取れることから「絵面の見得」という言い方もあります。
「見得を切る」の使い方
一般的に「見得を切る」は、誇らしげに自信のほどを示したり、実際には物事の達成が困難であるのに、格好をつけて去勢を張る際に用いられます。
また、程度が甚だしいことを表す「大(おお)」という接頭語をつけて、「大見得を切る」と意味を強調する表現もあります。
【使用例】
- 新市長は就任の挨拶で『子どもが生き生きと育つ町作りを』と大見得を切った。
- 「一年前、『私が陣頭に立ってこの会社をよくしていく』と力強く見得を切られましたよね」
自身の行動を「見得」と表現することも
自身の行動を「見得」と表現する場合も、やはり「結果を出すのが困難」という印象が伴います。
【使用例】
- 「この案件は私にお任せください」と見得を切ったまでは良かったんだけど…。
- 次のテストで満点を取ると母に大見得を切った手前、勉強しないわけにはいかない。
「見得を切る」は言動に対する印象
ただし、結果を出せた場合は「見得を切る」と表現できないのかというと、そうではありません。「見得を切る」はあくまで「ある言動に対する印象」がもととなっているので、「部長の前で大見得を切ったときはどうなることかと思ったが、彼は無事プロジェクトを成功させた」という使い方も適正です。
この場合は、結果はどうあれ「(部長の前での彼の言動が)はなはだ現実的でなく誇示だと感じた」という意味で「見得を切る」が使われています。
「見得を切る」と「見栄を張る」
「見得を切る」に似た慣用句に「見栄を張る」があります。「見栄を張る」とは、自分をよく見せようとしてうわべを取り繕うことです。
「見得」と「見栄」。どちらも「見え」が語源の「見られる」ことを意識した言葉ですが、「見得」は“歌舞伎の観客を意識”したもの、「見栄」は“自分をよく見せたいという気持ち”が出発点です。
【使用例】
- 彼女の誕生日に「見栄を張って」ホテルのフレンチを予約した。
- 若いときはモテたなんて「見得を張る」のもいい加減にしてよ。
「見得を切る」はなぜ「切る」なのか
歌舞伎の「見得」は、芝居内では「見得を切る」ではなく「見得をする」と表現されます。ではなぜ慣用句の「見得」は「切る」として広まったのでしょうか。
実は「切る」には、「目立つようにする。きめこむ」という意味があります。「啖呵を切る」や「しらを切る」が好例ですが、「見得を切る」の「切る」も同じところからきています。
「切る」という一瞬の芸に見る日本人の美意識
「幕を切って落とす」という言葉があります。引き幕の後ろに吊り下げている一枚の布幕の紐を切ることで一挙に舞台の全貌が見え、それを切っ掛けに芝居が始まるのです。
また「トンボを切る」という演技もあります。立ち回りで投げられたり切られたりしたとき、その場で宙返りすることをいいます。
「幕を切って落とす」「トンボを切る」「見得を切る」。いずれも瞬間に見せる演出であり、そこに爽やかさや、芸の鮮やかさを感じる日本人独特の美意識が働いています。
『見得』のストップモーション効果とクローズアップ効果
「見得を切る」は見た目の美しさ、様式美を大事にする歌舞伎独特の演出方法ですが、他の演劇と異なる特色があります。
- 芝居を一瞬中断し、止まった瞬間の舞台を見せる
- 観客の目線を見得を切っている立役者だけに向けさせる
その辺りを『戦艦ポチョムキン』のロシアの名監督セルゲイ・エイゼンシュタインはストップモーションの手法、クローズアップアップ手法と捉えて評価しています。
「大見得を切る」瞬間こそ歌舞伎の醍醐味
「見得を切る」は歌舞伎のすべての演目で求められているものではありませんが、時代物などというカテゴリーの芝居では必須のものであり、この場面を見たさに劇場に脚を運ぶ観客も少なくありません。
舞台中央で役者が大見得を切る。袖でタンッタンッと拍子木が鳴る。役者がグッと眼を見ひらき形を決める。その役者と息を合わせるように『成田屋』『高麗屋』などと大向こうの観客から声がかかる。
まさに舞台と客席が一体となった、その瞬間こそ歌舞伎見物の醍醐味です。
演技の真っ最中に舞台に大声をかけたり、拍手をするのも時には歓迎。観客の参加というのが他の演劇には見られない歌舞伎の特色であり、それが歌舞伎見物を楽しくしています。この観客参加OKのタイミングを伝える、わかりやすい舞台からの合図が、「見得を切る」ことなのです。