「口は災いの元」とは
「口は災いの元」とは「うっかり言った言葉が、思いがけない災難を招くことにもなる」ということで「不用意にものを言ってはならない。口の利き方には注意して、言葉を慎むべきである」という戒めの言葉になります。
ちなみに、「災い」と「禍」はどちらも「わざわい」と読みます。「災い」は天災のようなものを指し、「禍」は自分にとって害になることを指します。ですから本来は「禍の元」とするべきですが、現在では特に区別せずに使うのが一般的なようです。
さまざまなことわざ
同じ意味の言い回しが多数ありますから、覚えておくとよいかもしれません。
- 口は禍の門
- 三寸の舌に五尺の身を誤る(滅す)
- 口から高野(こうや=高野山)
- 口を守ること瓶(かめ)の如くす
- 口は人を傷る(やぶる)斧、言は身を割く刀
「口は災いの元」の使い方
- 先輩に対しては、もっと敬意をもって話したほうがいい。口は災いの元だよ。
- 口は災いの元と言う通り、衝突を避けたいのであれば、この場での発言は控えておくべきだろう。
- 失言が命取りとなって、辞職に追い込まれた人もいる。口は災いの元とはこのことだ。
「口は災いの元」の由来
中国宋代の古典「事文類聚(じぶんるいしゅう)」の「口(くち)」の項に、以下のような記載があります。
口是禍之門 くちこれわざわいのもん
舌是斬身刀 したこれみをきるかたな
閉口深蔵舌 くちをとじ、ふかくしたをぞうしたれば
安身処処牢 みをやすんじて、しょしょにろうなり
また、こちらも同じような意味です。
病従口入 やまいはくちよりはいり
禍従口出 わざわいはくちよりいず
いずれも「言葉を慎むべきである」ということを意味しているので、「口は災いの元」の語源とするには十分かと思われます。血で血を洗う政権闘争が繰り広げられた中国ならではの重みが感じられます。
ただ、「事文類聚」は、古典からさまざまなテーマに沿って編集したもの(要は良いとこどり)なので、実際の言われ始めは、さらに時代をさかのぼることになるでしょう。
仏教思想にも「口は災いの元」?
仏教の教えと「口は災いの元」は通じる部分が多いようで、時代を超え、さまざまな形で「言葉を慎むべきである」と語られています。
仏教の古い経典「法句経(ほっくぎょう)」には、「口は災いの元」を思わせる記述があります。
「彼はわれを罵った。(中略)」という思いを抱かない人にはついに怨みが息(や)む。
口を慎んでいれば「罵った」と思われることもないわけで、無用のトラブルを避けることになるでしょう。
さらに中国元代の仏教書「従容録(しょうようろく)」には、「一言既発すれば、駟馬(しめ)追い難し」とあります。口に出して言ってしまうと、四頭の馬で追っても追いつかない、という意味になります。
日本では鎌倉時代の説話集「十訓抄(じっきんしょう)」の中に、奈良時代の高僧・行基(ぎょうき)が遺言として残した言葉があります。「口の虎は身を破り、舌の剣は命を絶つ。口をして鼻の如くにすれば、後あやまつ事なし」と弟子に書き残したのだそうです。
海外の「口は災いの元」
「言葉を慎むべきである」という意味のことわざは、海外にも多く存在するので、いくつか紹介します。
- 災厄は口から来る Out of the mouth comes evil.(英語)
- 舌はお前を象に乗せることもできれば、首をはねることもできる(インド・ヒンディー語)
- 口は体の医者にもなれば、死刑執行吏にもなる(デンマーク)
- 口が災いした苦しみは、一番治りにくい(スペイン)
- 閉じた口にハエは入らない(スペイン)
- 舌に骨はないが、骨を砕くことあり(ギリシャ・トルコ・ルーマニアほか)