「多勢に無勢」とは
「大人数の敵に対して、味方は少ない人数であり、とても勝ち目がない」ということを「多勢に無勢」と表現します。なお、「多勢」の読み方は「たぜい」であって「おおぜい」と読むと、誤りになります。また「多勢に無勢、雉と鷹(きじとたか)」と続けることもあります。似た表現には「衆寡敵せず(しゅうかてきせず)」「多勢に手無し」などがあり、いずれも「多勢に無勢」と同じ意味で使われるので、覚えておくとよいでしょう。
(ちなみに、孫子の兵法には無勢が多勢に勝つ方法として「十を以ってその一を攻める」という内容の論述がありますが、日本語表現として一般的に使う「多勢に無勢」の意味合いとは、少しずれます。)
「多勢に無勢」の使い方
敵が数的なアドバンテージを持っていても、少人数側が戦力的に見劣りしない場合は、「多勢に無勢」には当てはまりません。この言葉を使用する場合、少人数側はやはり劣勢であり、敗者でなくてはなりません。
一般的な例
- 先生チームと生徒チームの綱引きでは、あまりに先生側が多勢に無勢。あっという間に勝敗が決まった。
- 多勢に無勢と察すれば、さっさと逃げてしまうのも手である。
- レッドカードによる一発退場で、一人少ない状況だった。多勢に無勢では、アディショナルタイムの失点も責められまい。
最後は多数決?
- 少数政党がいくら正論を掲げても、数的優位の強みがある与党に対しては、多勢に無勢だ。
- 若手議員を中心に支持を得ているA氏だが、最大派閥を擁する守旧派が相手では、多勢に無勢の状態である。
「多勢に無勢」の由来
日本の古典・軍記物語でよく使われた表現です。兵の数=軍事力=勝ち組とされていた時代には、いずれの勝ち組に与するかが、生きのびるための大問題でした。鎌倉時代の文学、『承久記』と『平家物語』を例にとります。
無勢にて大勢に叶ひ難し
『承久記』は、後鳥羽上皇による承久の乱について書かれた軍記物で、前田家本は鎌倉時代後期ごろの成立とされています。「多勢」が「大勢」との表記となっていますが、後鳥羽上皇の命を受けた伊賀光季(いが・みつすえ)が「少数では到底大軍にはかなうまい」とあれこれ詮議する場面で登場します。
されども平家は多勢なり、身方は無勢なりければ、散々に討ち散らされて引きしりぞく
鎌倉時代初期ごろの成立とされている平家物語の一節です。平家物語は長きにわたる平氏と源氏の攻防をつづった内容。ここは、十郎蔵人(源行家)が室山で平家軍と戦ったときの様子が描かれた部分です。
この他にも、同じく軍記物語である『太平記』や『曽我物語』に、同じ表現が使われています。
現代的な「多勢に無勢」のシチュエーション
現代においては、大勢で少数派を責め立てる、いわゆる「炎上」が「多勢に無勢」の出来事の一例といえるのではないでしょうか。ネット上で多くの批判的な声が上がれば、瞬く間に同意見が拡散し、事の発端をつくった人(少数派)はあまりにも分が悪い状況に追い込まれます。
また、SNSいじめ・ネットいじめといったものも、ある種の「多勢に無勢」的な状況に陥った結果として起きることでしょう。同調力が高い側が「多勢」となり、逆に低い側が「無勢」となっていきます。「無勢」は居場所がなくなっていくばかりか、誹謗中傷や仲間外しのターゲットにすらされてしまいます。
「多勢に無勢」の主な舞台は、そもそもは合戦でしたが、今ではネットの世界に移りつつあるというところが、現代らしいと言えるでしょうか。
「多勢に無勢」を英語で
英語では「数で勝る・数で圧倒する」という意味の「outnumber」を受身形で使うのが近い表現のようです。例えば、
We are utterly outnumbered.
のように言います。「勝てるわけないだろ!」と強調するような言い回しでは、
There is no fighting against such(heavy) odds.
というものもあります。
ささやかな抵抗(まとめ)
数の優位を笠に着て我が物顔でことを進めようとする相手に対し、少数派は「多勢を頼む群鴉(むらがらす)」と言って批判をすることもあるでしょう。群鴉とは群れたカラスのことを言います。この場合のカラスは、無駄に集まって大きな顔をしている者のたとえです。
例えば、国会では少数派の野党は牛歩戦術、ネガティブキャンペーンを行うなどの策を弄します。一方、第三者的な立場からは、判官贔屓(ほうがんびいき)的な気持ちになり、つい劣勢チームを応援したくなることもあるでしょう。