「皆目見当がつかない」とは?
「皆目見当がつかない」(かいもくけんとうがつかない)とは、ある物事について全くわからない、全然予想できないといった意味で使われる文語的な言い回しです。物事について推し量るのが非常に難しい様子を表しています。
「皆目」は、全く、すっかりといった意味の副詞です。後に「~ない」と否定の言葉が続くと「全然~ではない」という全てのことを強く否定することを表します。
「見当」は、大体の予想や見込みのことで、まだ起こっていない事柄について推量する、未知のことについて予想を立てることを言います。
「皆目見当がつかない」の使い方と例文
「皆目見当がつかない」の使い方は、ある事柄について全く予測できない状態であること、もしくは、物事がどのような経過をたどるか全然分からないことを表す時に使われます。
前例のない自然現象や、今まで経験していない事柄について、自分や人々の想像の範囲を超えている時に用いることが多いです。
【例文】
- 今回の台風はあまりにも巨大で、被害がどの程度出るのか皆目見当がつかない。
- 地元のイベントにあれだけ多くの人が殺到するとは、皆目見当がつかなかった。
- まさか新型肺炎が流行してオリンピックが延期になるなんて、皆目見当がつかなかった。
「皆目見当がつかない」の類語:「思いも寄らない」
「思いも寄らない」(おもいもよらない)とは、想像できない、予想できないといった意味です。「思い」は気持ちや心の動きのこと、「寄らない」はある物事について気持ちが至らないこと、つまり、考えられないことを言います。
「皆目見当がつかない」と似ていますが、「皆目~ない」のように「全く~でない」と強く否定しているニュアンスは含まれていません。
【例文】
- 思いも寄らない事件が起こり、小さな町は上へ下への大騒動となった。
- 羽振りの良かった会社が倒産するなんて思いも寄らないことだった。
「皆目見当がつかない」の反対に近い表現:「自明の理」
「自明の理」(じめいのり)とは、説明をするまでもなく明らかにわかることです。「自明」で自ら説明しなくてもはっきりとわかること、「理」はこの場合、もっともな事柄、道理を表しています。「皆目見当がつかない」とは真逆に近い意味で使えます。
【例文】
- 暴風雨の時に傘が役に立たないのは自明の理だ。
- スマホを見ながら運転するのが危ないなんて自明の理だろう!前を見て運転しろよ!