「満を持して」とは
「満を持して<まんをじして>」は、「満を持す」という動詞の活用形の一つです。「満を持す」の語源は、古代中国の書物『史記』にまで遡ります。その語源からは、二つの意味が生まれました。それでは、語源から順を追って見ていきましょう。
「満を持す」の語源
「満」という漢字は、みちる・いっぱいになるの意。ここでは、弓を目一杯引き絞ることを指しています。一方、「持す」は、その状態を保つという意味。よって、「満を持す」の元来の意味は、弓をいっぱいに引き絞ることです。
「満を持す」の意味①準備をして機会を待つ
「満を持す」の原義の弓をいっぱいまで引き絞った状態とは、つまり、いつでも獲物を仕留められる状態です。したがって、「満を持す」は「十分に準備をして機会を待つ」ことを指すようになりました。
「満を持す」の意味②絶頂に達した状態を保つ
「満を持す」には、原義から派生して、「物事が絶頂に達し、その状態を保つ」という意味もあります。「持す=保つ」に重きを置いたニュアンスですね。
「満を持して」の使い方
「満を持す」は、ほとんどの場合、「満を持して」という形で用いられます。また、「満を持す」は①の「準備をして機会を待つ」という意味で用いられることが多く、②の「絶頂に達した状態を保つ」という意味で用いられる機会は少ないようです。
①準備をして機会を待つ
①の意味で用いられる「満を持して」は、おもに、機会を待った末に起こした行動に対して使う言葉です。
- 満を持して、沈黙を続けていた彼女が話し始めた。
- A社は満を持して新製品を発表した。
②絶頂に達した状態を保つ
②の意味で用いられる「満を持して」は、否定形の言葉にかかることが多いようです。たとえば、「味方に被害を出すまいとすればするほど、満を持して攻撃命令を出せない」のように使います。
「満を持して」の用例
『宮本武蔵』
ー吉川英治『宮本武蔵』ー
ご存知のとおり、宮本武蔵は二刀流の剣豪です。諸国を放浪しながら研鑽を積む武蔵は、奈良の宝蔵院に居る有名な槍の使い手・胤舜(いんしゅん)を訪ねますが、あいにくの留守でした。
一方、牢人(浪人)たちは、一儲けしようと武蔵に賭け試合を持ちかけますが、断られて逆恨み。宝蔵院の槍仕たちを唆して、共に武蔵を待ち伏せします。
いざ、武蔵VS牢人・槍士の戦いが始まりますが、槍士たちは微動だにしません。武蔵が牢人を斬り伏せていくのを見ていた胤舜が合図を送ると、槍士たちは牢人たちに襲いかかり、胤舜と武蔵はようやく対面を果たすことができたのです。
ここでの「満を持して」が指す「十分な準備」とは、槍士たちが臨戦態勢であること。「機会」とは、胤舜が、武蔵は牢人たちが言うような卑怯者ではないと見極めるタイミングでしょう。
『小説家たらんとする青年に与う』
ー菊池寛『小説家たらんとする青年に与う』ー
この短い論説で、菊池寛は、小説を書くことは己の人生観を顕すことなのだから、若いうちは筆を動かすよりも人生経験を積みなさいと説いています。
引用箇所の「満を持して」は「放たない」に掛かっていますので、①の準備をして機会を待つと捉えてしまうと意味が通りません。ここでは②の絶頂の状態を保つという意味だと解釈する必要があるでしょう。
「満を持す」の関連語
「機が熟す」
「機が熟す<きがじゅくす>」とは、物事を始めるのにちょうどいい時期になるという意味の慣用句です。ここでの「機」は、物事が起こるきっかけ・物事をするのに適したタイミングを指します。
準備を整えたことでちょうどいい状態になると考えれば、「満を持す」に類する表現と言えるでしょう。ただし、「機が熟す」自体には、当事者が積極的に準備を整えるというニュアンスは無いようです。
「臥薪嘗胆」
「臥薪嘗胆<がしんしょうたん>」は、復讐の志を忘れずに長い間の辛く苦しいことに耐えること、転じて、目的を達成するために苦しみに耐えることを指します。
これを復讐の爪を研ぐと捉えるならば、「満を持して」が持つ「準備を整えてチャンスを待つ」という意味にも通ずるところがあるかもしれませんね。
ちなみに、この「臥薪嘗胆」は、「満を持して」と同じ、『史記 越王勾践世家』の故事に由来します。
「万を辞す」は誤字
「万を辞す」という言葉はありません。ワープロソフトで「まんをじす」を誤って変換したものでしょう。無理矢理に意味を考えるとすれば、「なんでもかんでも拒否する」とでもなるでしょうか。万が一、このような言葉が出来たとしても、「満を持す」とは別物です。