「胸をなでおろす」の意味
「胸をなでおろす」とは、「ほっと安堵(あんど)する」という意味の言葉です。「なでおろす」を漢字で書けば「撫で下ろす」であり、文字通り、手のひらで自分の胸を上から下へ撫でるような動作のことを表しています。
しかしこの表現は「動作」ではなく、あくまでもその動作から連想される「安心する」「ほっとする」という心情を表す点に気を付けましょう。
なぜ「胸」?
「胸」は、よく知られている通り、解剖学的には身体の前面にある首と腹の間あたり(および、そのあたりの内臓)を指す言葉です。
解剖学的意味の他に、「胸」は上半身の中央であること、および、心臓や肺などの主要な臓器があることから、「心」や心の中の「思い」といった意味も古くから持っています。「胸を打つ」(意味:感動する)などの慣用表現が知られていますね。
緊張や不安が、動悸や息切れなどの形でこの部位に少なからぬ影響を与えることもご存知でしょう。ここから、手のひらで優しく胸を撫でて心の平安を確かめるさまを「胸をなでおろす」と呼ぶようになったと考えられます。
「胸をなでおろす」の使い方
「胸をなでおろす」は慣用表現ですので、言葉の使用にあたっては、実際に胸をなでおろす動作を伴う必要はありません。
しかし、思いがけなく危機が去った瞬間、募る不安が解消された瞬間など、人は無意識に自分の胸に手を当ててほっと息をつくことがあります。
「胸をなでおろす」=「安堵する、安心する」気持ちは、言葉の上でのみ扱う情念ではなく、身体的な感覚と深く結びついているということを意識して使うと良いでしょう。
例文
- 災害地域の息子から「無事です。避難所にいます」と一報があり、母親は胸をなでおろした。
- ずっと追いかけていた犯人を捕まえた刑事は、これで一件落着だとほっと胸をなでおろした。
- 朝から不機嫌な様子の彼女に嫌われたのではないかと心配していた彼は、実は歯が痛いだけだと打ち明けられて、思わず胸をなでおろした。
「胸をなでおろす」の英語表現
「胸をなでおろす」を英語で言いたい場合は、「be relieved that(at)」(~に安心する、ほっとする)が良いでしょう。「relieve」は、苦痛・恐怖・心配などを取り除くというニュアンスです。
「胸」に相当する英単語「chest」には日本語同様に「胸の内、心情」という意味があり、例えば「get off his chest」(苦しい胸のうちを告白して楽になる)といった言葉があります。
しかし、「安心」を表すジェスチャーや慣用句の文化までは日本文化と共通性がありません。そのため、直訳で「pat my chest」などとしても意味が通らない点に注意です。
例文
- It was nervous in the room, but I was relieved that he was telling me a joke.(部屋の中は緊張していたが、彼が冗談を言ってくれて私は胸をなでおろした)
- She felt lonely, but now relieved that her mother return.(彼女は寂しい思いをしていたが、今は母親が帰ってきたことに胸をなでおろした)
「胸」とつく成句
「胸」は「なでおろす」の他にも、いくつもの慣用的でいくつもの心情を表すことができます。いくつかご紹介しましょう。
「胸がいっぱいになる」
「胸がいっぱいになる」は、「感動や悲しみなどで心がいっぱいになってしめつけられる」という意味の言葉です。
「胸がつぶれる」「胸がつまる」「胸がつかえる」といった表現も、何らかの心情が心を満たすために身動きとれなくなってしまうさまを表します。
「胸襟を開く」
「胸襟(きょうきん)を開く」とは、「心中を打ち明ける」という意味の言葉です。少々難しい言葉ですが「胸襟」とは胸の襟(えり)のことを指し、転じて「胸の内」を表します。
現代の衣服で言えば、きつく閉じた襟を広げ、胸のボタンを外すさまを指すと考えてよいでしょう。相手への警戒心を解き、「正直に心の中を打ち明けよう」と臨む情景がイメージされるのではないでしょうか。
「胸を割る」(包み隠さず真意を明かす=「腹を割る」)も似たような表現といえます。