「危ぶまれる」とは?意味や使い方を分かりやすく解説

「危ぶまれる」という言葉、ニュースや日常会話で耳にすることはあっても、正確な意味や使い方を説明できる人は少ないかもしれません。特に「危ぶむ」と「危ぶまれる」の違いや、助動詞「れる」の役割が複雑で、どう使い分ければいいのか迷ってしまうこともありますよね。

危ぶまれるとは?危ぶまれるの意味

物事が悪い結果になるのではないかと心配されること、または望んでいる状況が実現しにくいと思われることを表す表現

危ぶまれるの説明

「危ぶまれる」は動詞「危ぶむ」の未然形に助動詞「れる」が接続された形で、「あやぶまれる」と読みます。この「れる」には受身・尊敬・自発・可能の4つの用法がありますが、「危ぶまれる」では主に「自然とそう思われる」という自発、または「他者からそう思われる」という受身の意味で使われます。現代では「物事がうまくいかないのではないかと不安に思われる」という意味で用いられることがほとんどで、否定的な状況や先行きに対する懸念を表現する際に適した言葉です。文脈によって意味合いが微妙に変わるため、前後の流れから判断する必要があります。

状況が思わしくないときや先行きが不透明なときにぴったりの表現ですね。適切に使えると日本語の表現力がぐっと広がります!

危ぶまれるの由来・語源

「危ぶまれる」の語源は、古語の「あやぶし」に遡ります。「あやぶし」は「危険な・不安な」という意味の形容詞で、これが動詞化して「あやぶむ」となりました。「あやぶむ」は「危険だと思う・不安に思う」という意味で、その未然形「あやぶま」に受身・自発の助動詞「れる」が付いて「危ぶまれる」という表現が生まれました。平安時代の文献にも似た表現が見られ、古くから日本人の危険や不安に対する感覚を表す言葉として使われてきた歴史があります。

昔から使われてきた言葉だからこそ、深いニュアンスが詰まっているんですね。適切に使えると日本語の表現の幅が広がります!

危ぶまれるの豆知識

面白いことに、「危ぶまれる」は現代では主に書き言葉として使われる傾向があります。また、ニュース報道などで「開催が危ぶまれる」「存続が危ぶまれる」といった形でよく用いられますが、これは客観的な状況説明として好まれる表現です。さらに、この言葉はスポーツの試合結果や天候によるイベントの開催可否など、不確定要素が多い状況で特に頻繁に使われる特徴があります。メディア関係者にとっては必須の表現の一つと言えるでしょう。

危ぶまれるのエピソード・逸話

2011年の東日本大震災直後、当時の菅直人首相が原発事故対応について「最悪の事態も危ぶまれる」と発言したことは記憶に新しいです。また、プロ野球の長嶋茂雄氏が現役引退を表明した際、多くのファンが「巨人軍の今後を危ぶむ声」が上がりました。さらに、2020年の東京オリンピック開催前には、パンデミックの影響で「大会開催そのものが危ぶまれる」状況となり、世界中から注目を集めました。これらのエピソードは、「危ぶまれる」が重大な局面で使われる言葉であることを示しています。

危ぶまれるの言葉の成り立ち

言語学的に見ると、「危ぶまれる」は助動詞「れる」の多義性が特徴的な表現です。この「れる」には受身・尊敬・自発・可能の4用法がありますが、「危ぶまれる」では主に自発(自然にそう思われる)と受身(他者からそう思われる)の用法が混在しています。この曖昧性が、話し手の主観的な懸念と客観的な状況判断の両方を表現できる柔軟性を生んでいます。また、日本語の特徴である「間接表現」の典型例として、直接的な断定を避けつつ懸念を表明する機能を持っており、日本語の丁寧で控えめな表現文化を反映しています。

危ぶまれるの例文

  • 1 締切直前まで資料作りが終わらず、提出期限に間に合うかどうか危ぶまれる気持ちになったことはありませんか?
  • 2 大事なプレゼンの前日に風邪を引いてしまい、本番のパフォーマンスが危ぶまれる経験、多くのビジネスパーソンが共感できるはずです。
  • 3 旅行の計画を立てていたのに台風が接近してきて、せっかくの休みが台無しになるのではと危ぶまれるのは本当につらいですよね。
  • 4 子どもの受験シーズン、体調を崩さないかと毎日ヒヤヒヤしながら、無事に試験を受けられるかどうか危ぶまれる日々を送った親御さんは多いでしょう。
  • 5 オンライン会議中に急にWi-Fiが不安定になり、大事な商談が途中で切れてしまうのではと危ぶまれた経験、リモートワークあるあるです。

「危ぶまれる」の使い分けと注意点

「危ぶまれる」を使う際には、いくつかの重要なポイントを押さえておく必要があります。特に助動詞「れる」の用法によって意味合いが変わるため、文脈に応じた適切な使い分けが求められます。

  • 自発的用法:自然にそう思われる場合(例:天候不良で試合の開催が危ぶまれる)
  • 受身的用法:他者からそう思われる場合(例:彼の態度から誠実さが危ぶまれる)
  • 文脈から判断:主語が状況そのものか、人に対する評価かで区別
  • 書き言葉としての使用が基本だが、改まった会話でも使用可能
  • 否定的なニュアンスが強いため、相手を直接批判する際は注意が必要
  • 客観的事実に基づいた懸念を表すのに適している
  • 個人的な感情だけを表す場合は「心配される」などの表現が適切

関連用語との比較

「危ぶまれる」と似た意味を持つ言葉は多数ありますが、それぞれ微妙なニュアンスの違いがあります。適切に使い分けることで、より正確な表現が可能になります。

言葉読み方意味の違い使用場面
危ぶまれるあやぶまれる悪い結果になるのではと懸念される客観的な状況説明
危惧されるきぐされる危ぶみ恐れるという強い懸念深刻な状況や公式な場面
懸念されるけねんされる心配や不安が抱かれる幅広い場面で使用可能
心配されるしんぱいされる気にかけて不安に思われる日常的な会話向け

言葉の選択は、懸念の度合いと表現の丁寧さによって決まります。『危ぶまれる』は状況の重大さを伝えるのに適した表現です。

— 日本語学者 佐藤亮一

歴史的変遷と現代での使用実態

「危ぶまれる」は時代とともに使用方法が変化してきた言葉です。古典文学から現代メディアまで、その使われ方の変遷をたどると、日本語の表現の豊かさが感じられます。

  1. 平安時代:『源氏物語』などに「あやぶし」の形で登場
  2. 江戸時代:動詞「危ぶむ」として定着し始める
  3. 明治時代:新聞や公文書で「危ぶまれる」の使用が増加
  4. 現代:マスメディアやビジネス文書で頻繁に使用

現代では特に、ニュース報道やビジネスレポートにおいて、客観的な懸念を表現する際の標準的な表現として確立されています。コロナ禍以降は、イベント開催や経済見通しに関する報道で特に多用されるようになりました。

よくある質問(FAQ)

「危ぶまれる」と「危惧される」の違いは何ですか?

「危ぶまれる」は「悪い結果になるのではと心配される」という意味で、より日常的な懸念を表します。一方、「危惧される」は「危ぶみ恐れる」という意味が強く、より深刻な状況や公式な場面で使われる傾向があります。ニュアンスの違いで使い分けると良いでしょう。

「危ぶまれる」は話し言葉として使っても大丈夫ですか?

もちろん使えますが、どちらかというと書き言葉や改まった場面で使われる傾向があります。日常会話では「心配される」「不安視される」などの表現の方が自然な場合が多いです。状況に応じて使い分けることをおすすめします。

「危ぶまれる」の否定形はどういう形になりますか?

「危ぶまれない」という形になります。例えば「彼の成功は誰も危ぶまない」のように、否定的な懸念がないことを表現する際に使います。ただし、日常的には「心配されない」「不安視されない」などの表現の方がよく使われる傾向があります。

ビジネスメールで「危ぶまれる」を使うのは適切ですか?

はい、ビジネス文書や公式な場面では適切に使える表現です。特に「プロジェクトの進行が危ぶまれる」「業績の達成が危ぶまれる状況」など、客観的な懸念事項を伝える際に有用です。ただし、過度に悲観的に聞こえないよう文脈に配慮が必要です。

「危ぶまれる」と「疑われる」はどう違いますか?

「危ぶまれる」は未来の悪い結果に対する懸念を表すのに対し、「疑われる」は現在の事実や真実性に対する不信感を表します。例えば「誠実さが疑われる」は現在の信頼性に、「成功が危ぶまれる」は将来の結果に対する心配を示します。