「依怙贔屓」とは?意味や使い方を「差別」との違いを含めてご紹介

あまり褒められた行為ではない「依怙贔屓(えこひいき)」ですが、みなさんはこの言葉について詳しく知っていますか?本記事では意味や使い方だけでなく、「依怙」や「贔屓」について、また「依怙贔屓」と「差別」の違いなどを詳しく解説いたします。

目次

  1. 「依怙贔屓」の意味
  2. 「依怙贔屓」の使い方
  3. 「依怙」とは
  4. 「贔屓」とは
  5. 「依怙贔屓」と「差別」の違い

「依怙贔屓」の意味

みなさんは「依怙贔屓(えこひいき)」したりされたりした経験はありますか?「依怙贔屓」とは「全員に公平でなく、ある人を特にひいきすること」です。他者に対する接し方を表現した四字熟語ですが、あまりいい意味の言葉ではありません。

依怙贔屓を目撃するのは気持ちのよいものではありませんが、自分が依怙贔屓されるのも場合によっては気まずいものです。反面教師とするためにも、今回は「依怙贔屓」について詳しく学んでいきましょう。

「依怙贔屓」の使い方

まずは「依怙贔屓」を使った例文を挙げてみます。
 

  • 先生は他の生徒が廊下を走ると激怒するが、Aちゃんが同じことをしてもニコニコして見ている。これは明らかな依怙贔屓だ。
  • 兄のハンバーグの方がやや大きかったので「依怙贔屓だ!」と母に抗議したものの一蹴された。
  • 店長はお気に入りの女の子だけ依怙贔屓して、きつい仕事をやらせないようにしている。

「依怙贔屓」を使用する際、依怙贔屓をする側はされる側より立場が上であることがひとつのポイントとなります。

また、「依怙贔屓」は必ず対照となる相手がいて成立する言葉であることも抑えておきましょう。例えば親が我が子を猫可愛がりしているだけでは、依怙贔屓とは呼べません。一方に比べて他方がよい待遇を受けている場合のみ「依怙贔屓」は使用されます。

「依怙」とは

では、「依怙贔屓」の「依怙」とはそもそも何かというと、「依りたのむこと」あるいは「頼みとするもの」です。例えば『観音経』では「依怙」を以下のように使用しています。
 

観世音浄聖、於苦悩死厄、能為作依怙
(観世音浄聖にして、苦悩死厄において、能く為に依怙となれり)

観世音は浄聖な存在であり、苦悩や死や厄災においては“依怙となる”、つまり拠り所(よりどころ)となる存在だと言っているんですね。

このように、本来は「依怙」に「特定の人を贔屓する」という意味はありませんでした。ところが時代を経るうちに「頼ってくるものを支援すること」と意味が転じ、現在では「特定の人物に肩入れする」という、「贔屓」に似た意味を持つようになりました。

「贔屓」とは

「贔屓」は「気に入ったものに特別に目をかけ、力を添えて助けること」です。そんなことくらい知ってるよ!と思われるかも知れませんね。では「贔屓」の語源はどんなものかご存じですか?

「贔屓(ひいき)」の語源となった「贔屓(ひき)」は、中国の伝説上の生き物です。竜が生んだ9匹の子の1匹で、容姿は亀に似ているとされています。贔屓は怪力の持ち主で、重いものを背負うのが得意でした。このことから昔の中国では、「贔屓」が「大きな力を発揮すること」という意味で使われていたのです。

これが転じて、日本では「贔屓」が「他者に力を貸す」という意味で普及し、さらに経年するうちに「気に入った者に助力する」という意味の語句として使われるようになったと言われています。

ちなみに「依怙贔屓」と違い、「贔屓」は必ずしもネガティブな意味合いで使用されないことには留意しましょう。例えば「贔屓にしている店」と言えば、「特に気に入って利用している店」という意味になります。逆に店の立場から、「よく利用してくれる客」のことを「ご贔屓」や「贔屓筋(ひいきすじ)」などと言ったりします。

「依怙贔屓」と「差別」の違い

「依怙贔屓」と同様に、二者を比較した際の対応の違いを表す語句に「差別」があります。「差別」とは「差をつけて取り扱うこと」また「正当な理由なく劣ったものとして扱うこと」です。「依怙贔屓」が「特定の人物への優遇」であるとすれば、「差別」は「特定の人物への理不尽な冷遇」であると言えるでしょう。

「立派な人間は広く公平に人と接するが、小人は偏って党派をつくるものである」という意味の「君子は周して比せず、小人は比して周せず」ということわざがあります。人は感情を持つ生き物ですし、どうしたって他者に対する好き嫌いは存在するものですが、だからこそ己を律し公平な態度を心がけたいものですね。


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