「万里一空」とは?意味や使い方をご紹介

「万里一空(ばんりいっくう)」は宮本武蔵の言葉として伝わる四字熟語です。現代では主にスポーツ選手が座右の銘としたり引用したりすることが多いようです。この記事ではそんな「万里一空」の意味や使い方の説明に加え、ネットで多くみられる出典の間違いについても解説します。

目次

  1. 「万里一空」の読み
  2. 「万里一空」の字義
  3. スポーツと「万里一空」
  4. 「万里一空」の出典について
  5. 宮本武蔵の「万里一空」

「万里一空」の読み

「万里一空」は、「万一空」と書かれることもあります。どちらも「ばんりいっくう」と読み、意味合いにも違いはありません。

「万里一空」の字義

「万里一空」の字義を解説します。

まず「万里」は「1万里」のことです。「里」は中国や昔の日本で使われていた距離の単位で、「1里」は古代中国では300〜360歩、現代中国では500メートル、日本では3,927メートルほどの距離のことです。「万里」はその1万倍ですが、正確な長さというよりは「それくらい途方もなく長い距離」を意味します。

「万理」の「万」についても上と同様なのですが、「森羅万象」の「万」のように「すべてのこと」「あらゆること」を示します。そのため「万理」は「すべての原理、ことわり」を意味します。

「一空」は文字通り、「ひとつの空」のことです。

このため「万里一空」であれば「あらゆる距離(道のり)は」、「万理一空」であれば「すべてのことわりは」「たったひとつの空(の下)にある」という意味になります。なかなか気宇壮大な心持ちですね。

スポーツと「万里一空」

「万里一空」は剣豪・宮本武蔵の言葉として伝えられています。

果たし合いにおいては負けなしであったという宮本武蔵については、現代でも多くのファンがいますので皆さんご存知のことでしょう。このこともあり、「万里一空」は特にスポーツ選手によって引用されることが多い言葉となっています。

「万里一空」を座右の銘にする人としては、元巨人軍の桑田真澄投手が知られています。

また大相撲の元大関・琴奨菊は大関昇進の際の口上として「万里一空」を引用しました。また琴奨菊はこの言葉の意味するところを「どんな努力も目指す先は一つ。目標を見失うことなく努力すること」だと捉えています。

「万里一空」の出典について

ネット情報の誤り

インターネットで「万里一空」を検索すると、この言葉の出典を宮本武蔵の著作である『五輪書』に求めている記事が多く見受けられますが、これは誤りです。『五輪書』の全文にあたってみても「万里一空」の4文字は見当たらないのです。

前述の琴奨菊はその口上に引用した「万里一空」ついて、記者に質問された際に『五輪書』から引用したと発言しているようですが(『朝日新聞 2011年9月29日朝刊』)、これは誤解であると思われます。

そもそも「万里一空」自体は、中国の故事などに基づく四字熟語ではありません。おそらく元となるWeb辞典の情報が誤ったまま拡散してしまったのでしょうが、中には堂々と『五輪書』の「空之巻」が出所だと書いているものもあるので注意が必要です。

「万里一空」の語源

しかし、「万里一空」の語源が宮本武蔵にあることは間違いないようです。

武蔵が読んだと言われる歌(和歌)に、「乾坤(けんこん)を其侭(そのまま)庭に見る時は我は天地の外にこそ住め」というものがあります。

この歌の添え書きとして「山水三千世界を万里一空に入れ、満天地とも攬(と)る」という一文があるようです。「天地(乾坤)のあるがままを感じるには、その外側(上)から眺めよ、といった意味でしょう。

宮本武蔵の「万里一空」

「万里一空」という言葉自体は、武蔵の兵法書である『兵法三十五箇条』の最後に見えています。また、引用元ではないものの、武蔵の主著である『五輪書』自体が、「万里一空」の境地を体現したものであることは間違いありません。

「空」とは禅における「空」、つまり「色即是空、空即是色」とも言われる「空の思想」に重なります。これだけをみても、武蔵がただ剣が強かっただけの人ではなかったことがわかりますね。


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