「目には目を歯には歯を」とは?意味や使い方をご紹介

「目には目を歯には歯を」はよく知られた成句ですが、その正しい意味をご存じですか?単なる復讐ではない、意外と深い意味を持つ「目には目を歯には歯を」について、本記事では使い方や出典、元となった法律などを紹介しながら詳しく解説いたします。

目次

  1. 「目には目を歯には歯を」の意味
  2. 「目には目を歯には歯を」の使い方
  3. 「目には目を歯には歯を」の出典①
  4. 「目には目を歯には歯を」の出典②
  5. 山上の説教

「目には目を歯には歯を」の意味

みなさんも「目には目を歯には歯を」という言葉を一度は聞いたことがあるかと思います。これは「害を与えられたら、それに相応する報復をすることのたとえ」で、ラテン語で「タリオ」、日本語では「同害報復」といいます。

述語が省略されているのでわかりにくくなっていますが、「目には目をもって、歯には歯をもって贖(あがな)うべし」という意味の言葉なんですね。流行語にもなった「倍返し」とは違い、同程度の罰・ダメージをもって罪を償うところがポイントですが、現在は単純に「復讐すること」という意味で使用されることの多い言葉です。

「目には目を歯には歯を」の使い方

「目には目を歯には歯を」は「やられたことをやり返す」というニュアンスではありますが、恩を返すといったようなポジティブな意味合いでは使えないので注意してください。

例えば「寝ている間に誰かに顔に落書きをされていた。きっと兄の仕業に違いない。そうだ、兄の布団にこっそりヘビのおもちゃを仕込んでおこう。目には目を、歯には歯をだ」といった具合に、「されたことの仕返しをする」という意味合いで使うのが適当です。

「目には目を歯には歯を」の出典①

「目には目を歯には歯を」の原典はハッキリしていませんが、出典のひとつはバビロン第一王朝第6代の王ハンムラビが発布した『ハンムラビ法典』です。この法典は慣習を成文化したもの282条から成っており、196条に「タリオの法(目には目を)」の記述があります。

報復行為自体が良しとされない現代では悪法と思われがちですが、タリオの法の意図は“害を受けたら復讐せよ”ではなく、“受けた害以上の復讐をしてはならない”というものです。つまり私たちが窃盗の罪で死刑にならないのと同じように、罪人に過剰な報復や刑罰を与えることを禁じる法なのです。

また古代ローマの基本法典『十二表法』にも同害報復に関する記述が見られます。『十二表法』では訴訟手続や相続、契約に関する法などが成文化されていますが、その第8表、犯罪および不正行為の項に「他者に手足を損なうような怪我を負わせ、被害者と和解していない者は、同害刑となる」と定められています。

「目には目を歯には歯を」の出典②

「目には目を歯には歯を」の記述は『旧約聖書』にも見られます。まず「出エジプト記」の記載は以下のとおりです。
 

人を打って死なせた者は、必ず殺されなければならない。(中略)ほしいままに隣人を襲い、策略をめぐらして殺した場合、この者を、わたしの祭壇のところからでも連れ出して殺さなければならない。(中略)目には目。歯には歯。手には手。足には足。火傷には火傷。切り傷には切り傷。打ち傷には打ち傷。

出エジプト記 21章より


同じく旧約聖書の「レビ記」にも、以下のように記されています。
 
人を打ち殺した者は、必ず殺されなければならない。獣を打ち殺した者は、獣をもってその命を償わなければならない。もし人が隣人に傷を負わせるなら、その人は自分がしたように自分にされなければならない。すなわち骨折には骨折、目には目、歯には歯をもって、人に傷を負わせたように、自分にもされなければならない。

レビ記 24章より

「出エジプト記」と「レビ記」はいずれもモーセ五書のひとつとされ、「目には目を」の記述のある「出エジプト記」の21章は法律集、「レビ記」の24章は民に向けた規定集となっています。

山上の説教

最後に『新約聖書』にある「目には目を歯には歯を」の記述を紹介します。イエス・キリストが山上で弟子や民たちに語ったとされる説教で、「山上の説教(山上の垂訓)」として知られているエピソードです。
 

『目には目を、歯には歯を』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。しかし、わたしはあなたがたに言う。悪人に手向かうな。もし誰かがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けてやりなさい。あなたを訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも与えなさい。もし誰かがあなたを強いて1マイル行かせようとするなら、その人と共に2マイル行きなさい。求める者には与え、借りようとする者を断るな。

マタイによる福音書 5章より

冒頭の「『目には目を、歯には歯を』と言われていた」というのは、前述の「出エジプト記」「レビ記」にある規定のことと思われます。キリストはあえてそれを否定して、「悪意に対して悪意で返してはならない」と戒めたんですね。

カタルシスを伴う分、復讐行為が甘美であることは否めません。しかしキリストの「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ」の精神の方が、「目には目を歯には歯を」よりも現代の倫理観にはマッチしているような気がしますね。


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