「敗北を喫する」とは?意味や使い方をご紹介

ニュース記事などで「選挙戦で敗北を喫した」「試合で敗北を喫する」といった表現を見かけることがあるでしょう。「敗北を喫する」(はいぼくをきっする)とは、簡単にいうと「勝負に負けること」です。今回は「敗北を喫する」の意味と使い方をご紹介します。

目次

  1. 「敗北を喫する」とは?
  2. 「敗北を喫する」の使い方
  3. 「苦杯を嘗める」とは

「敗北を喫する」とは?

「敗北を喫する」(はいぼくをきっする)とは、端的にいえば勝負に負けること、もう少し詳細な表現をすれば、負けるという好ましくない結果を身に受け、味わわせられること、を意味します。

「敗北を喫する」に悔しさ、無念さのニュアンスが含まれていることにお気づきでしょうか。たんに「敗北した」「勝負に負けた」だけではない無念さの加味は、「喫する」の部分によるものです。

「敗北を喫する」をより深く理解するために、「敗北」「喫する」に分けて検証しましょう。

「敗北」「喫する」の意味

「敗北」勝負や試合に負けることを指しますよく使われる言葉ですが、なぜ「北」という漢字が用いられているのか不思議に思う人は多いのではないでしょうか。

「北」の文字は、二人の人間が背中合わせになっているという象形文字に由来し、「背中」という意味も含みます。そこから、負けて、相手に背中を見せて逃げる、という意味をもつにいたりました。

一方、「喫する」の「喫」も「喫茶店」などでお馴染みですが、動詞としての「喫する」はあまり使われません。「喫する」は、食べる、飲む、吸うなどの意味。そこから転じて、好ましくないことを味わわせられる、体験することをも表します。

したがって、「敗北」+「喫する」は、「負けるという好ましくないことを味わわせられる」という意味になるのです。

「敗北を喫する」の使い方

「敗北を喫する」の使い方は、「喫する」が醸し出す悔しさや無念な思いをふまえることがポイントです。負けて残念でない人はいないはずですが、悔しさや無念さがない場合はありえます。

たとえば、自分のピークが過ぎたことを自覚し、それでもあえて挑んだ勝負では、たとえ負けたとしても「闘いに挑んだことに価値がある」と敗者が胸をはる場合もあります。そのようなケースに、「敗北を喫する」はふさわしくないでしょう。

「敗北を喫する」という表現は、おもに、「敗者が負けたことを悔しく思っている(思っているだろう)」というときに用いられます。

「敗北を喫する」の文例

(A男)

高校三年生の自分にとっては、甲子園出場を賭けた最後の試合だったので、A高校に敗北を喫した時は悔し涙が止まらなかったよ。

(B男)

専務派のクーデターで、社長派が敗北を喫することになろうとは思わなかったよ。社長はひたすら会社のためにと頑張ってきた人だから、残念至極だ。

(C子)

熱烈なジャイアンツファンなのに、私が球場に行く試合は、必ずジャイアンツが負けてしまう。なんだか、私自身が野球の神様に敗北を喫した気持ちになってしまうわ。

「苦杯を嘗める」とは

「敗北を喫する」の類語に「苦杯を嘗める」があります。「苦杯を嘗める」(くはいをなめる)は、辛く苦い経験をすること、を意味する言葉です。

「苦杯」は苦い酒を入れた杯を指しています。これが転じて、苦い経験の意味で用いられるようになりました。「苦杯を嘗める」は、さまざまなつらい経験による苦い思いに対して使う言い回し。したがって、勝負事に負けた悔しさを表すこともあるのです。

勝負ということで「苦敗」という字だと勘違いする人がいるようですが、「苦杯」であることをしっかりと確認しておきましょう。

「苦杯を嘗める」の文例

(D男)

柔道は日本で生まれたスポーツであるだけに、日本人の柔道家が外国の選手と対戦して苦杯を嘗めるのは、なんだか見ていて辛いものがあるね。

(E男)

人生とはゲームのようなものだ。さまざまな局面でどんなに苦杯を嘗めようと、必ず立ち上がってふたたび前に進むことに意味があるんだよ。

関連するまとめ


人気の記事

人気のあるまとめランキング

新着一覧

最近公開されたまとめ