「隣の花は赤い」とは?意味や使い方をご紹介

みなさんは「隣の花は赤い」という言葉をご存知でしょうか?本や映画等でよく使われる言葉なので、一度は耳にしたことがあっても、本当の意味を知らない人も多いのではないでしょうか。今回はそんな「隣の花は赤い」について詳しい意味や具体的な使い方をみなさんにご紹介します。

目次

  1. 「隣の花は赤い」とは?
  2. 「隣の花は赤い」の使い方
  3. 「隣の花は赤い」の対義語
  4. 「隣の花は赤い」の類義語

「隣の花は赤い」とは?

「隣の花は赤い」とは「他人のものは何でもよく見えて、うらやましく思うこと」、「他人の持つ珍しいものをすぐに欲しがること」のたとえとして使われることわざです。実際に優れているものかどうかに関わらず、他人のものが自分のものよりもよく思えることをいいます。

隣の家の花は自分の家のものよりもなぜか赤く美しく見えることが由来して、他人のものをうらやむ意味で使われるようになったことわざです。

同様の表現で「隣の薔薇は赤い」、「よその花は赤い」、「人の花は赤い」とも言ったり、同じ花を使った表現で「隣の牡丹は大きく見える」、「よその花は良く見える」、「人の持つ花は美しい」といった表現も使われます。

「隣の花は赤い」の使い方

「隣の花は赤い」は他人のものの方が自分のものより良いようにみえて羨むことや、他人のものを欲しがることのたとえに使われます。

例を挙げると

  • 「わたしの友達はわたしの母が優しくて美人で羨ましいと言うが、母は本当は怒ると恐いのだ。隣の花は赤く見えるものだ。」
  • 隣の花は赤いもので、自分の息子よりも友達の子供の方が礼儀正しく賢くて良い子に思えてしまう。」
  • 「彼はいつも人のものばかり欲しがるので、隣の花は赤く見えるものだと注意した。」
  • 隣の花は赤いというように彼の才能がうらやましくて仕方がないが、彼は彼で苦労しているようだった。」

「隣の花は赤い」の対義語

「隣の白飯より内の粟飯」

「粟飯(あわめし)」とは「粟」を炊いたり粟をまぜたご飯のことで、白米よりも価値の低いご飯になります。「隣の白飯より内の粟飯」とは隣の家でご馳走になって食べる白米のご飯よりも、自分の家で食べる粟飯の方が気兼ねなく食べられて良いと言うことに由来して、「自分の家が一番良い」という意味で使われることわざです。「隣の花は赤い」とは反対に、他人の家よりも自分の家の方が良いということを表しています。

「我が仏尊し」

「我が仏尊し(わがほとけとうとし)」とは「自分の信じるものだけが何がなんでも尊いとする、他を顧みない偏狭な心」を意味する言葉です。「吾が仏尊し」とも言います。江戸時代はほとんどの家がお寺の檀家さんだったので、信仰心の深い人の中で、自分のお寺に祀ってある仏が他の所のものよりも尊く思えるようになっていったそうです。「我が仏尊し」はそんな自分の考えが最も優れているとして、他人の考えを受け入れようとしないわがままな心を例えた言葉です。

「隣の花は赤い」の類義語

「隣の芝生は青い」

「隣の芝生は青い」は自分の家に比べて隣家の庭の芝生の方が青々としていてよく見えることに由来して、「他人のものはよく見えるものであること」を意味することわざです。英語の"The grass is always greener on the other side of the fence."の訳語が元になってできた言葉です。

「内の米の飯より隣の麦飯」

「内の米の飯より隣の麦飯」は自分の家で食べる米の飯よりも、隣の家の麦飯のほうがおいしそうに見えることから、「自分のものよりも他人のものの方がよく見えうらやましく思えること」という意味を持つことわざです。「内の飯より隣の雑炊」や「うちの鯛より隣の鰯」といった表現もあります。

「隣の糂粏味噌」

「糂粏味噌」は「じんだみそ」と読み、ぬかみそと同じもので糠に塩・水をまぜて発酵させたものを言います。「隣の糂粏味噌」とは隣の糂粏味噌のほうが香ばしく感じられることから、「よそのものはなんでもよく見えること」を表すことわざです。


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