「煉獄」とは?意味や使い方をご紹介

みなさんは「煉獄」という言葉の意味をご存知ですか?天使vs悪魔を題材にした作品などには登場することもありますが、あまり馴染みのない言葉ですね。そこで、今回は「煉獄」の意味や使い方、ダンテの『神曲』のなかで「煉獄」がどう描かれているかについても解説します。

目次

  1. 「煉獄」とは?
  2. 「煉獄」の使い方
  3. ダンテの『神曲』について

「煉獄」とは?

「煉獄」の意味

「煉獄(れんごく)」とは、「(キリスト教において)神に罪を許されたものの、まだその償いが終わっていない死者の霊魂が、贖罪を終えるまで置かれる苦しみの状態」のことです。

浄罪界」とも言われており、英語では「Purgatory」、ラテン語では「Purgatorium」、イタリア語では「Purugatorio」です。

「煉獄」は、天国にも行けず地獄にも落ちなかった霊魂が行き着く中間的な場所で、罰を受けることで罪を浄めたのちに、天国に入るとされています。また、煉獄にある霊魂のために祈ることは善行とされています。

ただし、「煉獄」は聖書に明記されていないため、煉獄の教義については宗派によって解釈が様々で、多くのプロテスタントでは煉獄の存在は否定されています。

「煉獄」の和訳の由来

煉」という漢字は「錬」と同義で、「練る。鉱石を熱して不純物を取り除く。質を高める。薬をねり合わせる。」という意味があり、音読みでは「レン」、訓読みでは「ね(る)」と読みます。

また、「獄」は「訴え。訴える。裁判。ひとや。牢屋。」という意味で、音読みでは「ゴク」、訓読みでは「うった(える)。ひとや。」と読みます。

英語の「Purgatory」に「煉獄」という日本語が当てられた時期などは不明ですが、「煉獄」は「清めの火」というイメージで語られることが多いため、「煉獄」いう字が当てられたと考えられます。

「煉獄」の使い方

『随筆・新平家』

次の文章は、吉川英治が『新・平家物語』が刊行されたのちに発表した随感、『随筆・新平家』よりの引用です。保元の乱のあたりを描いた箇所で、「堂上人(どうじょうびと)」とは、公家の中でも上位の、御所の清涼殿南廂にある殿上間に昇殿する資格を世襲した一族のことです。

しかも、ひとたび、地上を煉獄とした堂上人は、懲りずに、またも、政権欲と女院の内争などに絡み、まもなく再び平治の合戦を起し、ここに源平の対立を発端する。そして紀州熊野路から変を聞いて引返した安芸守清盛に、時勢は、絶好なる登龍の機運を与えてしまう。

『余はベンメイす』

次の引用は、坂口安吾・著『余はベンメイす』からの一節で、煉獄について説明しています。併記されている「ピュルガトワル(purgatoire)」はフランス語です。

然し、それが、自ら省みること不足のせゐであり、自ら知ること足らざるせゐであることを、さうではないと断言し得るや。カトリックに於ては、善人は天国へ、悪人は地獄へ、生れたばかりの赤ん坊は煉獄(ピュルガトワル)へ行きます。日本では普通、煉獄を地獄よりももつと悪い所のやうに考へてゐるが大間違ひで、ピュルガトワルとは天国と地獄の中間、即ち善ならず悪ならず、無の世界で、赤ん坊は善悪に関せざる無だから赴く。私自身の宗教に於ては、赤ん坊だけではない、自ら省みて恥なしなどゝいふ健康者はみんな煉獄へ送つてしまふ。人間の真似をしてゐる人形だから。

上記の引用は、「煉獄」をそのままの意味で使用している例です。しかし、「煉獄」は、日本人がイメージする仏教的な「地獄」と混同されるためか、坂口安吾も指摘している通り、「落ちた人を徹底的に苦しめ抜く地獄よりも過酷な場所」と認識される向きもあります。

ダンテの『神曲』について

『神曲』とは?

『神曲(しんきょく/原題:La Divina Commedia)』は、イタリアの詩人・政治家、ダンテ・アリギエーリによって1300年代始めに著された長編叙事詩です。

トスカーナ方言で書かれた「地獄篇(Inferno)」、「煉獄篇(Purgatorio)」、「天国篇(Paradiso)」の3部構成の作品で、世界文学史においても重要な作品とされています。

発刊当初のタイトルは、円満な結末の物語という意味の『喜劇(Commedia)』でしたが、後年になって「神聖な(Divina)」という言葉が追加されました。邦題の『神曲』は、森鴎外が訳したアンデルセン・著『即興詩人』の中で用いたことから、広く定着しました。

『神曲』のあらすじ

『神曲』は、主人公のダンテが生身のまま、地獄〜煉獄〜天国と彼岸の旅を成就して、三位一体の神の姿を見るに至る物語です。

最初に、ダンテは、理性の象徴であるウェルギリウスに導かれて、地獄で人間の悪や業を見、次に、人々が罪を清めるために苦行する煉獄を訪れます。

やがて、煉獄の山に達すると、神学的な知識や啓示の象徴であるベアトリーチェに従って天国に昇ります。天国では、聖ベルナルドが導き手となり、天上の純白の薔薇の形のうちに三位一体の神秘をかいまみせるのです。

『神曲』における「煉獄」

『神曲』に描かれている「煉獄」は、エルサレムの地球の反対側にある地表に聳える台形の山で、地獄を抜けた先にあります。教会を破門された者や信仰を怠った者は、煉獄の麓から浄罪をスタート。不信心を清めた者や生前信仰を怠らなかった者はペテロの門を通って煉獄山に入ります。

煉獄山は、下から昇るごとに幾つかの段階に分かれています。死者は、第一〜七冠で七つの大罪を浄めながら上へと昇り、浄め終えると山頂の地上楽園に至ります。
 

第一冠 高慢者 生前、高慢の性を持った者が重い石を背負い、腰を折り曲げる。
第二冠 嫉妬者 嫉妬に身を焦がした者が、瞼を縫い止められ、盲人のごとくなる。
第三冠 憤怒者 憤怒を悔悟した者が、朦朦たる煙の中で祈りを発する。
第四冠 怠惰者 怠惰に日々を過ごした者が、ひたすらこの冠を周回する。
第五冠 貪欲者 欲深かった者が、五体を地に伏して嘆き悲しみ、欲望を消滅させる。
第六冠 暴食者 暴食に興じた者が、決して口に入らぬ果実を前に食欲を節制する。
第七冠 愛欲者 不純な色欲に耽った者が、欲情を起こすことなく抱擁を交わす。


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