「敵は本能寺にあり」とは?意味や使い方をご紹介

「敵は本能寺にあり」という言葉は、明智光秀が「本能寺の変」の際に発した言葉として有名な言葉です。現在では、本当の目的・目標は別にあるということをたとえる言葉として使われています。この記事では「敵は本能寺にあり」の、意味や使い方を詳しくご紹介しています。

目次

  1. 「敵は本能寺にあり」の意味
  2. 「敵は本能寺」の由来
  3. 「本能寺の変」とは
  4. 「敵は本能寺にあり」の使い方
  5. 「敵は本能寺にあり」の類語
  6. 「敵は本能寺にあり」のまとめ

「敵は本能寺にあり」の意味

sooku_senさんの投稿
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「敵は本能寺にあり」の意味は、本当の目的・目標は別にあるということ、本当の目的を隠しておいて人の目を欺くことのたとえです。略して「敵は本能寺」とも言うこともあります。

「敵は本能寺」の由来

「敵は本能寺にあり」は、江戸時代中期以後に書かれた軍記物『明智軍記(あけちぐんき)』に書かれた台詞で、戦国時代から安土桃山時代の武将・明智光秀(あけちみつひで)が主君の織田信長を本能寺で討ち取った「本能寺の変」の際に発した言葉として書かれています。

「本能寺の変」とは

1582年6月1日、明智光秀は織田信長に命じられ、1万2千~5千の軍を率いて毛利攻めの援軍に現在の京都府から岡山県へ向かいますが、京都の境を超えたあたりで京都方面へ引き返します。この時、京都の本能寺で開かれる茶会に出席していた織田信長が100名ほどの兵しか連れていなかったので、謀反を起こすには絶好の機会だったのです。

明智光秀は、織田信長を討つことを事前には家臣の斎藤利三(さいとうとしみつ)にしか言っておらず、兵士達も直前までどこで誰と戦うのか知らされていませんでした。味方にも本当の目的を隠しておき、織田側に裏切りの情報が漏れないように細心の注意を払ったようです。

1582年6月2日、明智光秀の裏切りを知った織田信長は応戦しますが、敗戦濃厚となると自ら本能寺に火をつけて自害しました。これが、いわゆる「本能寺の変」です。その13日後に、明智光秀は羽柴秀吉(豊臣秀吉)に討ち取られ、あまりにも短い期間だけしか権力が続かなかったことから「三日天下(みっかでんか)」と呼ばれるようになりました。

「敵は本能寺にあり」の使い方

「敵は本能寺にあり」は、本当の目的・目標が別に存在するということを表現するときに使われます。例文を見てみましょう。

「敵は本能寺にあり」の例文

  • 姉が最近やたら熱心にダイエットのためにスポーツジムに通っていると思いきや、「敵は本能寺にあり」で、インストラクターに一目惚れしたらしい。
  • 息子が珍しく食事に誘ってくれたと喜んでいたが、「敵は本能寺」、どうも女性同伴でないと入れないスイーツバイキングがお目当てだったようだ。
  • 「敵は本能寺にあり」、あなたが病気になったのは遺伝のせいではなく、あなた自身の生活習慣が原因だ。

「敵は本能寺にあり」の引用

実は、敵は本能寺でね、それを口実に京都の秋色を賞でて来ようという魂胆だったんですがね。
吉田茂『私は隠居ではない』
 
敵は本能寺、何もあの男がほしいんじゃァねえ、もっと外に入用なものがさきにはあったんだ。
久保田万太郎『春泥』
 
帝釋天を一拜し、滾々涌き出づる清水を掬し、堂前に横はれる松を賞し、精巧を極めたる二天門を見上げたるが、敵は本能寺に在り。直ちに去つて川甚に至る。
大町桂月『川魚料理』

「敵は本能寺にあり」の類語

  • 敵本主義(てきほんしゅぎ):目的が他にあると見せかけて、途中から突然本来の目的に向かうやり方。「敵本」は「敵は本能寺にあり」のこと。

「敵は本能寺にあり」のまとめ

「敵は本能寺にあり」は、「本能寺の変」という史実から生まれたことわざです。明智光秀の言葉という印象がとても強い言葉ですが、現在ではことわざとして使われている言葉なので、あなたが明智光秀でなくても、敵が本能寺にいなくても、日常会話の中で使うことができますよ。

また、2020年のNHK大河ドラマは明智光秀を主人公とした『麒麟(きりん)がくる』が放送予定だそうです。ドラマの中で「敵は本能寺にあり」という台詞が、どの様に表現されているのか気になるところですね。


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